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3話 ドキドキの前日
学校が終わると同時に香織ちゃんがわたしの席に来た。どうしたんだろう、そう思いつつもわたしは香織ちゃんの言葉を待つ。
「ちょっとだけ見に行かない」
「え、何を」
「バスケ部」
香織ちゃんはいつもの無表情で言う。
香織ちゃん、ありがとう。
心の中で感謝しながら、今の気持ちをあまり表に出さないようにうなずく。
「うん」
「なになに」
隣の席の蒼はすぐに食いついてきた。
声あまり出さなかったから内容は聞こえてなかったみたい。
「蒼には秘密だよ」
「なんだよ、秘密って」
「だから、秘密なんだってば」
「あっそ。分かったよ、じゃーな」
蒼は席を立つとカバンを肩にかける。
「部活がんばれー」
「部活がんばってください」
「おお」
手を上げて答える蒼に対して、わたしと香織ちゃんは手を振って見送った。蒼を見送った後、香織ちゃんを見て思わず笑った。
やったよ!やったぁ。あ~楽しみだな楽しみだな!樹くんにまた会える!好きな人に会えるんだよ!
樹くんを見るのが楽しみで思わず顔がほころんでしまう。
そんなわたしを横目にみている香織ちゃんは無表情に言う。
「行こ」
「うん、行こ行こ」
咲葵は嬉しそうに返事を返し体育館に向かって歩き始めた。
キュッ キュッ
シューズが体育館の床を騒がしく鳴らしている。バスケ部の男子達が激しく身体を動かし床を蹴っていた。わたしはその光景に思わず口に手を当てて見つめる。
練習でもこんなに激しく動くんだ。それに、近くで見ると迫力が全然違う。す、凄い。
「いけ、樹」
そうチームメンバーから名前を呼ばれた樹くんは受け取ったボールを持って相手ゴールに迎いドリブルを始める。そして、ゴールに向かって綺麗にシュートを決めた。
樹くんはシュート決めたのを確認するとチームメイトと嬉しそうにハイタッチをする。体育館入口でずっと樹くんを見ているわたしに、香織ちゃんが声をかける。
「咲葵」
「なに?」
「入って」
わたしは目をぱちくり開けてポカーンと香織ちゃんをしばらく見つめる。それから香織ちゃんに飛びついた。
「え、いいの。迷惑にならない」
「うん、今よりは」
少し呆れたように香織ちゃんはわたしに答える。香織ちゃんが体育館の奥へと歩いていくとまるで金魚の糞のように、後ろをちょこちょことわたしは着いていく。体育館の半分まで行った所に青いベンチがあった。
香織ちゃんはそこに座るようにわたしを誘導すると、近くにある体育館倉庫へと姿を消した。
え、えええ?ここにいていいんだよね。
わたしはそんな不安を、心に抱きながらも練習の方へ目線を向ける。いいえ、樹くんの方へ目線を向ける。
「樹くん、うまいね」
「うぇっ、あ、香織ちゃん」
わたしの考えてる事読まれたの!
樹くんの名前を背後から急に言われたので思わず大きな声を出してしまった。
「驚きすぎ」
「だってぇ~今のは香織ちゃんのせえだよ……。樹くんは、流石エースで部長だよね。うまい、本当にうまい。すっごいうまい」
わたしは香織ちゃんの顔を見ながら答える。香織ちゃんは何かに気付いたように目を開き少しわたしを見つめる。それからわたしと目をそらし樹くんの方を見ながら香織ちゃんは言った。
「咲葵、好きだよね」
「え、な、なに急に……」
「そうでしょ?」
そう言って香織ちゃんはわたしを見つめる。そんな香織ちゃんの目線を感じ緊張しながら正直にわたしは答えた。
「うん、好きだよ。樹くんの事」
「態度に駄々洩れ……」
香織ちゃんは真顔でわたしに答える。
「え、ほんと?」
「……」
え、え、そ、そんなにバレバレだったの!
急に恥ずかしくなり顔を赤くするそんなわたしをよそに香織ちゃんはさらに言う。
「蒼くん、気付いてるよ」
さらに顔を赤くしたわたしは香織ちゃんから目を離して下を向く。
「顔、真っ赤」
そんなわたしに対して追い打ちを打つように香織ちゃんが言った。
わたしは真っ赤にさせた顔を香織ちゃんに向け、そして叫んだ。
「うるさいうるさいうるさい」
手をグーにしてわたしは香織ちゃんの体をポコポコと叩く。
そんな事をしている間に休憩に入ったバスケ部の人達は水を飲みに行ったり、トイレに行ったりする。
樹くんはわたしと彩香ちゃんがベンチいる事に気付くとベンチの方へと歩いてきた。
「香織と咲葵さん」
香織ちゃんとじゃれあっていたわたしは、その声を聞いてビクッと背筋を伸ばすと笑顔で樹くんの方を向く。
「あ、樹くん。こんにちはー……じゃなくて、さんなくていいよ」
「わかったよ、咲葵」
はい、ごちそう様でしたー。
話をそらした事に気付いていたけど、わたしは今幸せ過ぎてそれどころじゃない。そんなわたしの代わりに樹くんに説明をしてくれる香織ちゃん。
「見に来たの」
うんうん、そーだよ。
わたしは大きく何回も頷いた。
「樹くんを」
うんうん……とぅおえぇぇえええ!
言葉になってない言葉を心の中で叫びながら香織ちゃんに飛び着く。
「ちょっ、何言ってるの香織ちゃん」
「咲葵、ありがとう」
顔を赤くして香織ちゃんの肩を両手で揺らしているわたしに、樹くんが優しく答える。
ありがとう香織ちゃん!そして、ごちそうさま。
すると、香織ちゃんがベンチから腰を上げて樹くんと何かを話すとまたベンチに座る。部長の樹くんはベンチに背をむけると部員達を呼び戻し再び練習を始めた。
香織ちゃんはちゃんやってるんだなぁー部活。それに比べてわたしは……。この中でわたしだけなにもしてないなぁー。
そんなわたしの気持ちを察したのか香織ちゃんが声をかけてくる。
「咲葵。マネージャの手伝いする?」
「え、香織ちゃん?」
驚いたわたしは香織ちゃんの顔を見る。
「わたしなにすればいい?」
わたしは香織ちゃんの指示に従い簡単なお手伝いを始めた。
「ごめんなさい、待たせて」
「ううん、いいよ。別に」
校門の前で立っていたわたしは、小走りでやってくる香織ちゃんに言葉を返す。そして、香織ちゃんの呼吸が落ち着いてから聞いた。
「ところで、樹くんは?」
香織ちゃんはその名前を聞くと驚いたように目だけを大きく見開いてみせる。
「そ、そーゆーのはいいから」
そんな……眼だけ大きくして驚いてるアピールされても、表情は何も変わってないんだもん。むしろ、怖いよ、香織ちゃん……。
そう。と、小さく言いながらいつもの顔に戻すと香織ちゃん。
「他の先生に呼ばれてた」
わたしは校舎のまだ明かりがついている職員室を見た後、香織ちゃんがわたしを見て無表情で言う。
「行こ」
香織ちゃんが歩き始めると少し遅れてからわたしは隣に続く。
「香織ちゃんっていつもあんなに色々な事してるんだ」
「うん……もう慣れたけど」
「え、凄い。って事は、帰るのはいつもこんな時間?」
「そう」
「他の部活はもう帰ってるのにね。この時間にいつも一人で帰るの」
「毎日一人で帰ってる訳じゃな……樹くんと帰ることが多い」
「へー」
「妬ないでね」
「妬ない妬ない」
そうわたしは両手を突き出して手を振る。
「香織、咲葵」
わたしは聞き覚えのある声に自分の名前を急に呼ばれビクッと、一瞬驚いた。
後ろから走ってきた樹くんは少し息を切らしていたが笑顔でわたしと香織を見ている。
走ってきてくれるなんて……待っとけば良かったなぁ。でも、樹くんの今のこの笑顔が○%\$☆×〆♪
「ごめん、待ってなくて」
「いいよいいよ」
「追いついて来たら一緒に帰る」
「え、酷いじゃん」
「別にいいんですよ、いつ帰れるかわからないので。走って追いつけたら追いつくで」
「す、凄い…足速いね」
「まあね」
樹くんはわたしの顔を見ながら笑って答える。
すると、香織ちゃんは二人の前に行き後ろ歩きをしながら言う。
「それじゃあ、私はここで」
「え、なんで」
香織ちゃんの唐突な言葉に驚き聞く。香織ちゃんはわたしと樹くん、両方を見つめてから言う。
「私、用事あるの。頼まれごとで」
そう言ってスマホをかざす。わたしと樹くんの距離からは香織ちゃんのスマホに何が写っているのかは確認できなかった。
香織ちゃんはかざしていたスマホをすぐに閉じて先に歩き出す。
「わたしも付いてくよ」
「ううん、いい」
「え、でも……」
そんなわたしのことなどお構い無しに香織ちゃんは店の方に入って行った。
え、香織ちゃんはどーするの。樹くんと二人きりじゃないですかぁぁぁぁぁあ。
樹くんに何を話かけようか必死に話のネタを考えてると先に樹くんから声をかけてきた。
「行こっか、香織もああ言ってる訳だし」
「う、うん」
少しうつむきながらわたしは小さく返事を返した。何も会話をしないまま……できないまま二人きりで歩く。
今日は疲れたなぁー。
と思い頭に軽く手を当てた。歩いてる最中の今も少し立ちくらみのような、緊張からか頭がくらくらする。軽く目をつぶり、あらためてため息を吐いた。
「どーしたの、咲葵」
樹くんに名前を呼ばれて一瞬、胸をドキッとさせるがすぐに言う。
「ううん、大丈夫」
笑顔を作って言うと急に樹くんの両手がわたしの両肩に置おかれるのを肌で感じた。
え、ななななに?
わたしは軽く頭に触れていた片手を下ろした。そして、つぶっていた目をあける。
目の前には樹くんの顔があった。
え……。
今の状況を理解するのにわたしは暫しの時間を要した。声にならない悲鳴……いや、絶叫を心の中で盛大に響かせる。
樹くんはわたしの瞳をしっかりと見据えていた。わたしは必死になって声を殺し、赤くなる顔を抑えようとする。湯気が出るように顔を赤くしたわたしはなにも出来ず樹くんの顔をただ見つめた。しばらくすると樹くんはなにも言わずわたしから目を逸らして顔を離す。
そして、横の道を一目見てから、またわたしに話しかける。
「僕はここ左だけど、咲葵は?」
そこで、初めて周りを見た。
あー、結構家から離れたなぁ……。
そして、自分の家の方の道路を見つめる。暗く続く道に等間隔に置かれた街灯が左から右へとわたしの方に向かって灯りが付き始める。照らされた道の先には誰もいない、と思ったわたしは樹くんの方に向き直ろうと思った時、街灯の光が向こうから歩いてくる人の足を照らし、次に体を照らし姿を現した。
「あお……い?」
「なんで、咲葵がここに……」
蒼はわたしの隣にいる樹くんの姿を見て言葉を止めた。
樹くんは蒼ににっこりと笑いかけるとわたしを見つめて言う。
「それでは咲葵、僕ここで……」
また蒼の方を向いた樹くんは言う。
「あとはお願いします。……さよなら」
微笑みながら言うとは樹くんは背を向けて歩き出した。わたしは樹くんになにも言えず背中を見つめる事しか出来なかった。
はぁ……なんで挨拶を返す事も出来ないんだろう。
そう後悔を残しながらわたしは、蒼の方へ歩いて行き二人で並んで家に向かって歩き始めた。
「うまくいったか?」
蒼は前を向きながら言う。
「う……うん」
蒼も応援してくれてるんだから、しっかり頑張らないと。
そう自分に言い聞かせた。それと同時に自分のダメな行動をわたしは思い出しため息を吐く。
……あーぁ……本当に嫌になる…………全くわたしって、昔っからすっごい涙脆いんだよなぁ。
香織ちゃんが励まし応援してくれたこと、何よりも自分が情けなくて……悔しくて……。
わたしは目を赤くしながら必死に涙をこらえる。
突然、蒼がわたしの頭に手をのせ撫でてきた。いきなりのことに驚き蒼の手を振り払おうと、両手を頭の上に伸ばす。
「次はちゃんと挨拶しような」
その蒼の言葉にわたしは払おうとして伸ばした手で、そっと蒼の手に触れる。
蒼の手はとても大きく、温かかった。昔もこう頭をなでてくれた時があったなぁ。その時も、蒼の手はわたしより温かく、ざらざらしていて傷跡みたいなのが沢山あった。
あーぁ、わたし変わってない。でも、頑張る。次は自分の力でちゃんとする!
わたしは蒼の手の上に添えていた、両手を離し思いっきり自分の頬を叩いた。
バシッ
「え、咲葵?」
蒼は驚き、わたしの頭にのせていた手を引っ込める。わたしは蒼より少し前に出ると振り返って言う。
「蒼、ありがとう。わたし頑張るよ!」
咲葵は俺に向かって元気よく言った。
咲葵のその笑顔が、俺には咲葵の子どもの時の笑顔に重なって見えた。俺は咲葵のその笑顔を見て安心したように笑って聞く。
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない‼」
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