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6話 足踏みと喧嘩
観覧車を出てからのことはあまり覚えていない。それなりに楽しくしゃべっていただろうし、いつも通りにできていたと思う。でも、心だけは浮いていた。何回も繰り返し、あの時の出来事が頭の中でフラッシュバックする。
日がくれた夜の帰り道、樹くんと香織ちゃん、わたしと蒼で途中で別れる。それぞれ帰る方向が一緒だったから。
蒼との二人きりの帰り道。なんだかんだ久しぶりかも知れない。
「なんか、この帰り道久しぶりだな」
蒼からそういわれる。
「そうだね。二人で帰ること自体は一昨日あったけどね」
蒼は懐かしそうに夜空を見ながら言う。
「こんな形で約束がかなうとはな」
その言葉を聞いてわたしは立ち止まった。何か熱いものがこみ上げてくるのを感じる。それと同時に大切な思い出が蘇った。
その思い出はわたしにとってとても大切な思い出……。忘れるなんて許されないのに……絶対に許されないのに…………。
「咲葵‼」
蒼の呼ぶ声が聞こえる。でも、なぜかこだまして聞こえた。だんだん意識も遠のいていっている気がする。
あれ?…………あお……い……。
これは今から七年前わたしがまだ小学五年生のころ、蒼と一緒にこの遊園地にいた日の事だった。わたしにとって特別な意味を持った日の思い出。蒼と遊べるのも最後かもしれないと心のどこかで思っていた。だけど、楽しかった時間は一瞬で過ぎていく。そんな帰り道、蒼はわたしに言ってきた。
「今日すごい楽しかったね!きっと、もっともーっと楽しいことがこれからも待ってるよ」
「そうかな」
うつむきながら自信なく言うわたしに蒼はしゃがみこみ覗きこんで言った。
「うん!絶対」
「でも……」
「大丈夫だって!咲葵ちゃんなら余裕だよ!どんな困難でも蹴っ飛ばしちゃうもん。……だからまた一緒行こ!この遊園地、絶対だよ!」
「絶対って言ったなー!」
単純だったわたしはいつの間にか蒼の勢いに乗せられて、大きな声で返していた。蒼に言われると不思議と納得できたわたし。
お互いに小指を出して結ぶ。
そして、声をそろえて二人で同時に言った。
「「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます、指切った‼」」
薄っすらと目が覚める。視界には何か動くものが見える。でも、頭が全然回らない。それと、懐かしい……そしてとても大切な夢を見ていた気がする。
「わたし、さいてー」
現状を理解したわたしは思わず心の声を弱々しく吐き出してしまう。
「あ、起きたのか。もーそろそろ家に着くぞ」
どうやらわたし、気絶しちゃったみたい。また蒼に助けられた、あの時みたいに。
わたしのわたしの家の前に着くと、お父さんとお母さんがわたしを出迎えていた。
「着いたぞ。今日は疲れたんだからゆっくり休めよ」
そう言って蒼はしゃがんだ。蒼から降りるとお父さんがわたしを抱えようとする。
「大丈夫だから」
と、手で払って自分で歩こうとする。でも、くじいて足がもつれてしまいお父さんに体を支えられた。娘をありがとうございますと、両親がお礼を言うと蒼は笑顔で頭を横に振ってから会釈していた。
「蒼……覚えててくれてありがとう……約束守れて、良かったぁ……」
今回は中途半端なところで別れなくて良かった……。
わたしはまた眠りについた。
念のためにと朝一で病院に行かされた。いつものように検査された後、すぐに学校に向かい何とかお昼休みには間に合った。
後ろ口から教室に入ると、すぐ近くの席で香織ちゃんがいつものように本を読んでいる。
わたしはゆっく~り香織ちゃんの背後から近づき、飛びつこうとしたその時。香織ちゃんが急に振り返った。
「え~なんでぇ~」
そう言って椅子に座る香織ちゃんに抱き着くと、漫画でわたしの顔を抑えながら言った。
「私、後ろに目ついてるから」
「本当についてるんじゃないの~」
「はいはい。これ読んだ、ありがとう」
そう言って渡されている……違う!顔に押し付けられてる!漫画を受け取って、香織ちゃんから離れた。
「で、どうだった?どうだった?」
「ライトくん?かっこいいし、好き」
「あー香織ちゃん顔緩んでるー」
他の人には無表情に見えるかもしれないけど、わたしほどの付き合いになるとわかるのです‼
「えー。あ!まさかあの時言ってた好きな人ってライトくん?」
「どうだろうね」
そう真顔で返す香織ちゃんに、もう一つの可能性が頭泳ぎってしまったわたしは、小さな声できく。
「まさか……いt」
「それはない」
いつもより低い声で返されてしまったわたしは慌ててほかの候補を上げる。
「蒼?」
「はいはい、授業始まるよ」
香織ちゃんがそういって背中を押された。
確かに!しかも私まだ学校着いたばっかりだから何も準備できてないじゃん‼
私はせわしなく動き席に着く。
「なんとか間に合ったぁー」
ため息交じりにいったわたしに、隣の席の蒼が突っ込んできた。
「一応、昨日の今日なんだし、もう少し安静にしとけよな」
わたしは腕をまくってから自信満々に力こぶしを見せつける。
細くて、よわよわって思うでしょ?この通り!ほんの少しだけ盛り上がっているのです‼
「どやぁ」
「そんなに鼻の穴、大きくしてもかわいくないぞー」
ガハッ
変な声を出しなら急いで蒼から顔をそらす。そして、鼻を両手で両サイドから抑える。
「なんなの蒼のやつ、安心させてあげようとしたのに」
鼻声でぼやいた。
「ははは、良かったよ」
そう言って、笑って返す蒼の姿をみてわたしも、鼻から両手をはなした。
よかった……やっぱり蒼はわらってなきゃ……蒼が笑ってたら、わたしも安心できるから……。
わたしは蒼と顔を合わせて一緒に笑った。
授業が始まり、教室に先生が入ってきて言った。
「おーい。何笑ってんだそこの二人―」
「蒼のせいなんだけど!」
「いや、きっかけ作ったのそっちだろ」
もー蒼のせいでみんなに笑われて、すっごい恥ずかしい思いしたじゃん!ばかばかばかばーか!
「はい。今日は私たちが当番だから」
今日は私たちが教室の掃除当番。香織ちゃんはいつもとてもしっかりしてて、わたしのお姉ちゃんみたいだなってよく思う。だから、蒼も香織ちゃんに対してはあんまり強く言えないの! ということは香織ちゃんがわたしの味方になれば蒼が悪いことに……。
「香織ちゃ~ん」
香織ちゃんに抱き着こうとすると、ビニール袋を渡される。
「馬鹿なこと考えてないで、それにゴミ詰めて捨ててきて」
香織ちゃん!エスパー⁉
「はーい……」
仕方なくビニール袋を受け取り教室のゴミ袋と入れ替え一つにまとめる。
「じゃぁ、ゴミ出してくるねー」
香織ちゃんと蒼に一言、声をかけてから教室を出た。ゴミ捨て場は食堂の一番奥にあるので二年生の教室から一番遠い。
いつも通りの放課後を過ごしている掃除当番以外の人たちを見つめながらゴミ捨て場に向かう。
いいなー、わたしも放課後の自由時間のはずなのに……。そしたら……そしたらどうするんだろう。
昨日の観覧車の時の樹くんの涙が頭から離れない。それ以来、変に気にしちゃっているわたし。結局、あの後連絡先は交換できたのに、何も連絡を取り合ってない……。
もう、どうしていいのか、わかんなくなっちゃった。
ゴミ捨て場に着いた時だった。
「あ、咲葵」
神様のいたずらか、そこには樹くんがいた。わたしに手を振ってから、歩いて近づいてくる樹くんにわたしも手を振り返事を返す。
「咲葵も当番?」
「うん」
「奇遇だね」
「うん」
「今日は部活来る?」
わたしは樹くんの言葉にすぐに返事を返すことができなかった。昨日のことが頭をよぎるし……何よりもわたし自身の体の事……そんなに体強くないから、何かあったらやだし……樹くんには知られたくないし……それに迷惑かけたくないもん。
黙っているわたしに、頭に手を当てながら申し訳なさそうに言った。
「ごめんごめん。無理しなくてもいいから、それじゃ、またね!」
そう言って樹くんは駆け足で教室に戻ってしまう。
とりあえず、わたしは持っていたゴミを回収して貰った。それから、大きなため息をついた。
なんか、疲れちゃった………
「ただいまー捨ててきたよ」
教室に付いたわたしは大きな声で香織ちゃんと蒼に報告する。
「ありがとう」
香織ちゃんから返事が来る。
「何か手伝う?」
「いや、これで終わる」
そう、わたしの言葉に蒼が返す。
「咲葵は放課後どうする?」
「あ、ごめん。今日は先帰るね」
香織ちゃんに誘われた。多分部活の事だと思う。でも今はあまり乗る気じゃないし、それに樹くんの前だと、うまく笑えない気がする。
わたしはカバンをかついでから、振り返る。
「香織ちゃん蒼、ばいばい。またあしたー」
笑顔で大きく手を振ってから、早足で教室を後にする。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると、空は曇っていて今にも降り出しそうだった。原則、部活動に入ることを決められているこの学校では、こんな時間に帰る人はいない。
そうじゃん……蒼が部活に入ってないわけないじゃん。今頃のように過去の自分にあきれる。
誰一人通っていない校門を見つめ、また一つため息をついた。そして、わたしはただ一人、校門へ向かって寂しく歩く。
あれから数日がたった。わたしは変わらない日々を送っている。あの日から何も変わらない……。
今日も雨が降ってるなー……ここ数日ずっと雨が降っている気がする。
折り畳み傘を忘れたわたしは教室で漫画を読む。たった一人誰もいない……静かな教室で。
ガラガラガラ
急に開いた後ろの教室の扉に目を向けると、香織ちゃんが入ってきた。
何か忘れものでもしたのかな?
「咲葵、最近はなし聞かないけど樹と連絡とってるの?」
香織ちゃんわたしの前まで来ると、立ちながらいきなり聞いてくる。わたしは首を横に振りながら答えた。
「ううん」
「なんで」
連絡とってないことに気づいていたのかな……。驚いてるようには見えなかったな……いつも真顔だけど。
「なんか、疲れちゃったんだよね。それに、樹くんのこと何も知らないし……」
「私の方が知ってそう」
「きっとそーだよ……」
また、あの時の樹くんの顔を思い出す。
きっと聞かれたくないよね……わたしだったら……そう、聞かれたくない、知られたく…………。
「好きだったんでしょ、なら迷う必要ある?」
「わかってるよ、そんなことは!」
頭に血が上る。体の中にあるモヤモヤが止まらず、あふれだす。
「なに、その態度」
いつも通りの香織ちゃんの態度が、今はしゃくにさわった。
「香織ちゃんこそ何も知らないじゃない、わたしの気持ち‼」
「当たり前でしょ」
香織ちゃんに対し、わたしは立ち上がって言い返す。もう止まらない。わたしはただがむしゃらに叫んだ。
「香織ちゃんはまじめに恋愛したことあるの?」
「一応……」
「あんな漫画や小説のような気持じゃないの!もっともっとつらいの‼」
「……知ってる」
「知った気にならないでよ!何も知らないくせに‼何も見てないでしょ、樹くんが何を抱えてるのか、何も知らない。それに、わたしが何を抱えてるのかも!香織ちゃんは何も知らない‼」
全てを言い終えると、わたしは開いた口を両手で急いでふさぐ。その両手を涙が伝った。
「ごめん」
わたしは机の上にあったカバンを掴み、教室を飛び出した。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
わたしは止まらない涙を抑え走り続ける。
そして、ザーザーと降りしきる雨の中、ただひたすらに謝り続けた。
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