7話 芽生え始めるもう一つの恋

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7話 芽生え始めるもう一つの恋

 教室にただ一人取り残された私はその場から一歩も動くことができなかった。 「いるんでしょ」  私の言葉に反応して、蒼くんが教室に入ってきた。 「ばれてたのか香織」  そういって、私の前まで歩いてくる。そんな蒼くんに対して私はいつも通りを装って冷たい声で言った。 「追いかけなくていいの?」  蒼くんは黙って私の前まで来るとやさしくいう。 「今はお前の方が心配だよ」  教室にただ一人取り残されてから、一歩もその場を動くことができなかった私は、体が強張ったように小刻みに震えていた。  蒼くんが優しく両肩に手を添えてくれるとわたしは腰が抜けたように前かがみに崩れ落ちた。それを蒼くんは優しく受け止めてくれる。 「ほんとに……ばか」  私は小さく呟いた。  私と蒼くんはいったん部活のため別れた。そして、部活が終わった後、もう一度蒼と教室で合流する。教室に入ると、先についていた蒼くんが片手をあげ声をかけてくる。 「おつかれ」 「おつかれ」  私も返した。 「それじゃ、行くか」  蒼くんはそういうと教室の電気を消す。そして、二人で目的の場所に向かった。  波の音と潮の香りがだんだんと強くなってくる。コンクリートで作られた、ちょっとした堤防を登ると、視界には地平線へと延びる海が広がっている。冷たい風が私の頬をなでる。 「久しぶり」 「ああ」  海平線の先には夜空に広がる星が見えた。 「私が咲葵と蒼くんにはじめて会った場所」 「小学四年生の夏の頃だったか?」 「そう、両親に無理やり連れていかれた」 「そうだったのか」  私は少し砂浜をあるいて当時の思い出を思い出していた。それから、砂浜の上に腰を下ろした。  すると、蒼くんも私の隣に並ぶようにして腰を下ろした。 「何があったんだ」 「遊園地で遊んだ日、以降からだと思うんだけど、樹くんと一切連絡とってないみたい」 「咲葵が⁉」 「そう。それで問い詰めたら怒らせちゃったみたい……」 「あいつ昔っから子供みたいで、わがままだからなー。まあ、その分、人一倍我慢してることもあるからさ」  蒼くんは海平線を見ながらやさしい声で言った。暗くて、表情までは見えなかったけれど、本当に心の底から愛しているんだと、私は感じた。 「それにしても本当に里見は優しいな」 「香織」 「え?」 「私の名前は香織……香織って呼んで。蒼って呼ぶから」 「わかったよ……香織」 「うん、蒼」  蒼は照れくさそうに笑いながらいう。 「言いなれてないから、なんかすっげー違和感あるな」 「それに、少し恥ずかしい」  蒼は驚いたように、こちらを見ていった。 「え、以外だ。香織も恥ずかしがるんだ」 「当たり前」 「いや、その感じ全然恥ずかしがってないだろ」 「そんなことない」 「ちょっと、こっち向いて」  そう言って、蒼は私のほほに手を顔を近づける。突然のことに、私は動けなかった。 蒼は、しばらくまじまじと私の顔を見てから手を離し前へ向き直る。私もつられてすぐに前に向き直った。  さっきまでが嘘のように、ものすごく顔が赤くなっていくのを感じた。そんな私に気付くはずもなく、蒼は言う 「結局真顔だったじゃねーか。真っ暗で見えなかったからもしかしてって、レアな香織に期待けどそんなことなかったわ」  私は両手で顔を抑え、必死に冷静になろうとする。そんな私などお構いなく蒼は話を続けた。 「さっきの続きだけど、香織はすっげーやさしいよ。咲葵のためにそこまで出来るんだから」 「それはこっちのセリフ」 「なんでだよ」  一度も私の方を見ることなく夜空を見ながら蒼は笑い飛ばした、 「咲葵にはさ、夢を諦めないで幸せになって欲しいんだよ」  私には蒼の声が儚く聞こえた。  蒼は本当にそれでいいの?蒼の夢は諦めていいものなの?  私はその言葉を口にすることはなかった。  自覚しないように……二人はその思いを、言葉を。  波が洗い流してくれることに、期待していたのかも知れない。  次の日の朝、スマホを確認すると蒼と香織ちゃんからから連絡が届いていた。 昨日、香織ちゃんに対して一方的に怒っちゃった…………気まずい……。  そう思い、まず蒼からの連絡を先に確認する。 『おーい。里見と喧嘩したんだって?さっさと仲直りしろよな』 違うもん……わたしが勝手にストレスを香織ちゃんにぶつけちゃっただけだもん……。 『わかってる!怒』 『おー元気でよかった!』 むかつくけど、でも……本当にありがとう。  次に香織ちゃんからの連絡を確認する。 『昨日はごめんなさい。もしよかったら放課後、また話したい』 わたし最低だ……。メッセージじゃダメ!ちゃんと謝らないと‼  いつもよりも早めに支度を済ませたわたしは家を飛び出した。  勢いよく教室の扉を開ける。わたしの予想通り朝早い香織ちゃんと一応蒼は、もう来ていた。わたしは香織ちゃんに急いで近づく。  わたしに気付いて振り返る香織ちゃんに、勢いよく頭を下ろし大きな声で謝った。 「ごめんなさい‼」  あまりにも大きな声に教室の他の生徒はおろか、隣のクラスにまで聞こえたみたい。 「ちょっとこっち来て」  香織ちゃんは素早く席を立つとわたしに短く言い放つ。そして、椅子を引くとわたしの腕を掴んで走り出した。トイレに駆け込んでから腕を離してくれる香織ちゃんどこか凄く焦っている様だった。 「咲葵、ちょっとあんた声デカすぎ」 「ご、ごめん……わたしもあんなに声響くと思わなくて」 「それに放課後って」  わたしは香織ちゃんの両手を強く握りながらいった。 「だって、香織ちゃんが謝ることなんて何もないもん。わたしが勝手に怒って。香織ちゃんはたくさんわたしのために。わたしのこと手伝ってくれてて。それなのにわたし、香織ちゃんにあんなこと」  言葉を続ければ続けるほど、声が震えて、鼻水と涙まで出てきそうになる。そんなわたしを香織ちゃんは抱きしめて、頭をなでてくれる。 「わかった、わかったから」 「ごめんね、本当にごめんね」 「咲葵のためとか……私そんなにやさしくない」 「そんなことないもん。香織ちゃんは優しいもん」  香織はそう言って、唇をかんだ。  しばらくしてから教室に戻ると朝のホームルームがすでに始まろうとしていた。  すべての授業が終わりいつもの放課後がやってくる。隣の席の蒼が片づけをしながら言ってくる。 「いやーそれにしても朝のあれはすごかったな」 「うるさい、もう忘れて」  笑って言ってくる蒼にわたしは強く返した。 「咲葵は素直だもんな、そこが一番いいんだよ。素直で明るくて、すぐ落ち込むけどすぐに明るくなって。それも人一倍」  近づいてきた香織ちゃんと蒼が並んでわたしを見てくる。香織ちゃんは黙ったまま、蒼は続けた。 「そこが咲葵の一番の魅力。そこに引き付けられて俺たちはいつも一緒にいるし、応援してるんだ」 「そう」  いつも通り無表情の香織ちゃんが静かに相打ちする。 「だから、いつも通りでいいんだよ」 「うん!」  優しく笑う蒼にわたしもいつもの笑顔を返した。すると香織ちゃんが次は口を開く。よく見れば肩にはカバンを担いでいる。 「咲葵?今日は来るんでしょ?」 「うん」 「準備はできた?」 「あ、ごめんまだだ。ちょっと待てて」  そう言ってロッカーへ走っていき、すぐに戻る。 「おまたせー。できたよ、いこ!」 わたしはバックをもって香織ちゃんと一緒に樹くんのところ……、あ、違う。バスケ部のとこへ向かう。  香織ちゃんと一緒に教室を出ようとした時、あること思い出した。 「ごめん、ちょっと待ってて」  わたしは顔の前で両手をあわせお願いする。 「いいよ」 「ありがとう!」  教室のドアの前で、回れ右してわたしは急いでまだ教室にいる蒼に駆け寄る。  驚いたようにこちらを見ている蒼にわたしは、少し小さな声で言った。 「ありがとう。わたしの恋が実ったら、次はわたしが蒼の恋てつだってあげる」  わたしは蒼を見て笑った後、いそいで香織ちゃんのもとに戻った。 「お待たせー、行こ」  体育館に着くと、樹くんはすでに着替えウォーミングアップをすでに始めていた。  マネージャーとしてバスケ部に入部したわたしは香織ちゃんについて行き、まずは仕事を覚えるのに専念した。  休憩に入ると樹くんがわたしの方へ歩いて来る。はい、そう言って香織ちゃんからタオルを渡されたわたしはお疲れ様と言ってさしだした。汗びっしょりの樹くんは、ありがとうと言ってやさしく笑ってくれる。 「今日は来てくれたんだね。香織一人だと大変だったと思うから、助かるよ。それに、香織が連れ来てくれた子だから信頼できるし」 「が、がんばります!」  そう言ったものの樹くんが最後に行った『信頼』という言葉が妙に引っかかった。 他の子は信用できないってことなのかな?だとしたら……どうしてなんだろう。  でも、今のわたしは樹くんの事全然知らない。それは、前から一緒。今は気にしてもしょうがないから、できることからする!  部活の片づけが終わり、香織ちゃんと一緒に帰りの支度をする。 「慣れるまで大変でしょ」 「うん、でも私頑張るよ!」  わたしはこぶしを握ってアピールする。 「そう、帰ろ」 「あっちょっとー」  先に歩いて行ってしまう香織ちゃんをわたしは急いで追いかける。  それから一か月がたった。いつものように部活動が終わる。元々体力がないわたしは、疲れて倒れちゃうこともあったけど、だいぶ仕事をこなせるようになってきた。その結果、だいぶ樹くんとも距離が縮まったきがする。 「咲葵、カラオケ行こうと思ってるんだけどどうかな」 「ごめん」 「いや、大丈夫。疲れてるもんね」 部活後の遊びにも誘われるようになったけど……いけてない。ヒット&アウェイ戦略!というわけでもなく、わたし自身の体力の問題。また無理して倒れてもやだし……。体力に余裕があるときはもちろん遊びに行ってるよ!香織ちゃんはというと、あんまりアウトドア派ではないし、本読みたいって。  それを知ってなのか、香織ちゃんに声をかける姿はあまり見かけない。 「お待たせ」  後ろから、香織ちゃんが声をかけてくる、わたしは振り返り香織ちゃんに聞いた。 「どこ行ってたの?」 「職員室」  香織ちゃんはわたしから目線をそらすと、わたしの後ろにいる樹くんに目線を向ける。 「先生が呼んでる」 「わかった」 「鍵。私たちもう帰るから」  そう言って、香織ちゃんは樹くんに鍵を渡す。樹くんは鍵を受け取ると、他の部員にも帰るようにうながす。  わたしはいつも通り香織ちゃんと一緒に学校を出た。 「最近暗くなるの遅くなったよねー」 「もうすぐ夏休みだしね」 「え、もう夏休み?あっという間だね」  香織ちゃんは黙ってうなずいた。 「そういえば、職員室で何話してたの?」 「咲葵は知らないんだね。明後日から強化合宿があるの、二泊三日」 「強化合宿⁉」 「県外の山の中だけど」 「そうだったんだ……大変だとと思うけど頑張ってきてね」 「やっぱり咲葵は来れないのね」 「うん、事情があるから……」 「そう」 「うん」  それから私たちは無言で歩いた。分かれ道、じゃあねと手を振るわたしに香織ちゃんが聞いてきた。 「私も……恋…………できる日くるかな」 「うん、きっとできるよ!」  そんな会話で咲葵とは別れた。  不思議……高校生になってから、無償に恋に焦がれるの。まるで魔法のよう。きっと咲葵もこんな気持ちで……樹に……。でもいいの?咲葵は本当にそれでいいの?  歩いて行く咲葵の後ろ姿を見つめる私は自分の気持ちを隠すように先に語り掛けた。
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