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8話 拒絶と衝動
「香織ちょっといい」
合宿二日目の夕方。早めに練習が打ち切られ、各自自由時間になっていた。
私は自分の部屋で本の読んでいると、ノックの音と同時に樹くんの声が聞こえた。
私は本にしおりを挟み閉じると、靴をはき部屋を出た。
「どうしたの?」
「ごめん、ちょっと話したいことがあって」
歩き始めた樹くんの後を私はついていく。食堂の一番は端の席に座った樹くんに向かい合うように私も座る。
「香織」
「なに?」
改まって名前を呼ばれることに少し違和感を覚える、
すると、樹くんは真剣なまなざしで話はじめた。
「香織を信用してる、だから、これからのことは他言無用でね、お願い」
「わかった」
「ありがとう」
「咲葵、今回の合宿に来てもらおうと思ってたんだ」
「でも、咲葵は」
「そう、先生に彼女はダメだって」
「先生に?」
「部員ではないないからダメだって」
「でも、樹が咲葵の部員申請書、受け取って出したんでしょ?」
「もちろん出したし、そのことについて聞いたよ。そしたら彼女は他の生徒とは特別だからその都合でやめることになったんだって」
「そうだったの」
「咲葵について、なにか知ってる?」
「体があまり丈夫じゃなく、部活動が免除されてるくらい」
咲葵は明らかに何か隠してるみたいだけど……多分聞いても答えてはくれない。
「ありがとう、それと覚えてる?この部活に入部する時の約束」
勿論私は覚えている。入部申請書を渡された時。確かに色恋沙汰を部活にもってこない事を約束しろと樹に言われた。
当時は樹に興味なんてなかったから、無言で入部申請書を突き出し、それを樹は受け取った。だけど、生憎了承したつもりなんてない。だから私は咲葵の恋を手伝うために部活に誘った。
「ええ」
続けて言う樹の声色が少し変わった気がする。
「なら、どうして咲葵をうちの部活に呼んだの?」
月曜日、いつものように学校に行き、すべての授業を終え、放課後を迎える。そんないつも通りの日常を送っていたはずなのに、今日はいつもと違った。
香織ちゃんがいない、もちろん樹くんも……樹くんたちと強化合宿にいっているから。強化合宿なんて、しかも平日を跨いで。流石部活動に力を入れてる学校だけあるね……しかも、うちのバスケ部は強豪校だし。
最近はほぼ毎日部活動に行っていたせいか、放課後がすごく暇に感じる。わたしって今まで何してたんだっけ。
「南さーん、渡辺が呼んでるー」
あまり話したことのない同じクラスの女の子が、後ろの扉からこちらを覗いて言う。
「うん、わかったー、ありがとう」
そう返すとそそくさと彼女はどこかへ行ってしまう。
担任の先生がわたしになんのようだろう……。
「呼び出し受けてんな、なんかしたのか?」
蒼は部活へ向かう準備を進めながら聞いてくる。
「わからない……。わたしちゃんと課題とか出してたよね?」
「知らん、おつかれー」
蒼は笑って言うと荷物をもって教室を出て行ってしまった。
「あおいー……」
そう呟くも、先生に呼ばれてしまう原因が次から次へと浮かんできてしまう。
わたしはカバンを肩にかけ、重い足取りで職員室へと向かった。職員室は食堂の二階にあり、私たちのクラスは三階なので階段をおりないといけない。
二階の渡り通りからはグラウンドがよく見えた。サッカー部の姿が見え、わたしはどこかに蒼がいるかもと思い、立ち止まって目を凝らす……けど、見つからない。
「あれ、わたしこういう時見つけるの得意なんだけどな」
独り言を言ってから、また思い出したように職員室に向かって歩き始めた。
別の場所で準備と何かしてるのかな?そういえばわたし、蒼の部活してる姿見たことないかも…………まあ、どうでもいいことだし、ね。
言い聞かせるように言葉を胸の中にしまい込むと、いつの間にか職員室の前に着いた。
めったなことがないと、職員室なんていかないから緊張するな。
わたしは扉をノックして中に入る。
「あ、こっちだ」
担任の男性、渡辺先生が片手をあげながら立ち上がる。そして、こちらに来るようにと手招きされる。
渡辺先生のところまで行くと、近くの椅子を引っ張ってきて座るように言った。
これ、他の先生の椅子だよね……勝手に。まあ、わたしは別にいいけど。
わたしが座るのを見届けると、渡辺先生も足を大きく開いて座った。
「部活の事なんだが、長谷川から聞いているとは思うが一応念のためだ……強化合宿からは抜けてもらうことになっただろ」
言われなくてもわかってるし……。
「病院からも遠いし……もしものことが起きたらな……まあないとは思うが」
渡辺先生は言葉を選びながら、わたしに気付かって言ってくれてるのがすごく伝わってきた。
「はい……」
「それと、部長の長谷川がおまえのこと聞いてきてたぞ」
樹くんが⁉わたしの事を気にかけてくれてるの?ここ一ヵ月の成果が無駄じゃなかったんだ、報われてよかった!
「もちろん、病気のことは何も言っていない。南には特別な事情があるとだけいってある」
そうだ、考えないようにしてた…………どうしよ……頭が回らない。
渡辺先生の言葉が、この会話が、他人事のように聞こえる。まるで自分だけがここにいないような。
「一応伝えておいたからな、お前の好きなようにしたらいい。あと、何か困ったことがあったら……俺じゃなくてもいいから、誰かに相談していいからな」
「はい」
「じゃ……気をつけて帰れよ」
わたしは立ち上がり渡辺先生に一礼した後、扉の前まで行き振り返る。もう一度一礼し、職員室を出た。
渡り廊下から見えるグラウンドを見ると、みんなが楽しそうに汗を流し運動していた。
わたしは無意識に右手を窓に当て、その光景をただじっと見つめる。
いけない、いけない…………無心でいないと……。
自分の中にあるどす黒い感情がチクチクと胸を刺しているのを感じる。それを堪えようと、自然と右手に力が入り握りこぶしを作る。そして、目頭が赤くなっていくのを感じた、
耐えないと耐えないと………………でも……でも…………どうしてわたしだけ……胸が張り裂けそうだよ……つらいよ。
廊下を歩く音が私の隣で止まった。
でも、こういう時……、いて欲しいと思う時…………あなたはいつだってそこにいる。
わたしは目頭を真っ赤にさせたまま、蒼の方を向いていつものように笑った。
蒼は黙って近づいてくるとやさしくわたしを抱きしめ声をかける。
「大丈夫……」
自然と心が落ち着くの感じる。
やっぱり蒼はすごいなー……すごく安心する。
わたしも下げていた両手を上げ蒼の腰に回す。
ダメ‼
わたしはとっさに両手で蒼の体を突き飛ばした。
ものすごく心臓の音、大きく聞こえるし……息も上がってる……なに……これ…………。
わたしは息が上がりながら不安定な足取りで、この気持ちを考えを、振り払おうと蒼を置いてその場から走って逃げた。
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