9話 遠ざかる意識と思い

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9話 遠ざかる意識と思い

 モヤモヤした気持ちを抱えたわたしは重い足取りで歩道を渡る。しばらく進み交差点に着く。わたしが渡ろうとしたタイミングで赤色に変わった。 こんな気持ちのままいたくない…………帰りたくない……。  いつの間にか青信号に変わっていた、だけどわたしは信号を渡らない。しばらく、その信号を見つめていると、点滅しだしまた、赤色に変わる。わたしは車が動き出すのと同時に、別の方向へと歩き始めた。 楽しいこと……楽しいこと……探さないと。  気分転換になると思って、ゲームセンターに来た。ガチャガチャとうるさい電子音が絶え間なくなり続ける。  一人中に入るわたしは、近くのUFOキャッチャーにお金を入れる。特徴的な音が鳴りだし、ゲーム開始の合図を伝えてくれた。簡単なボタンを操作してアームを動かす。アームはわたしの狙ったぬいぐるみにまっすぐ伸びていき、掴み引き上げようとするが、力が弱くそのまま途中で落ちてしまう。 「キャー」 「取れた!あげるよ」 「ありがとう」  後ろの台で聞こえた声に目線を向けると、カップルが楽しそうにしていた。  居心地が悪く感じたわたしは、奥に進む。  奥には、プリクラコーナーが広がっていた。メイクコーナーでは、いろんな学校の女の子たちがしゃべっている。 独りぼっちのわたしじゃ…………場違いだな……。  わたしはそのお店を出てしばらく歩いていると、洋服のお店が目に入る。 何かいい服ないかなー  そう思い、静かに店にはいった。 んーこれはちょっと丈短いかなー。このスカート可愛いけど、合わせられるものなんだろう。 「これ旅行先によくない⁉」 「えーかわいい!すごい似合ってるよ!」  奥の女の子たちの会話が耳に入り、服を選んでいたわたしの手が止まる。 どこに着てくのかな……服なんて買ってわたしは遠くなんて行けないのに……。  わたしは服を戻してお店をかけだした。 うるさい、うるさい、うるさい…………。  みんなの話し声も、車の音さえもうるさく感じる。 落ち着ける場所…………気が休める場所。  息を上げながらわたしは走り続けた。口には血の味が広がる。でも、そんなこと気にしない。 何もかも忘れたい……逃げ出したい。 そう思いながら、ただひたすらに走り続けた。    気づいたら、人の声も車の音もしなくなっていた。代わりに、懐かしい潮の匂いと波の音が聞こえる。  わたしはそのまま歩き堤防を登った。  懐かしい潮風がわたしを出迎える。靴と靴下を脱いで、砂浜にカバンと揃えて置いておく。足指の隙間に入る砂が少しだけくすぐったい。けど、すぐに慣れる。  小さく押し寄せる波に、足先だけ入れた。すでに、呼吸は落ち着いていて、気持ちもさっきよりは楽になった気がする。でも、もやもやした気持ちはずっと残っていた。  左右交互に足を動かし水を蹴って遊んでいると聞きなれた声が聞こえた。 「咲葵!」  振り返ると息が上がっている蒼が立っていた。蒼を安心させたい。そう思ったわたしは、元気いっぱいに笑って手を大きく振りながら言う。 「蒼~靴とカバンそこに置いて、さっさとおいで~」  蒼は靴と靴下を脱いで、カバンも一緒にわたしの荷物の隣に置く。蒼は改まった顔でゆっくりと歩いてくる。  わたしは蒼に向かって水を蹴った。飛んだ水滴が蒼にかかる。  蒼は顔を隠すように、手でふさぎながら近づいてくる。 えい、りゃあ!そんな掛け声を上げ、笑いながら近づいてくる蒼に水をかけた。 「おい、やめろよ」  そう言って、わたしの目の前まで近づいた蒼が両肩に手を置く。でも、わたしは下を向きながら、蒼と顔を合わせることなく小さな声で言った。 「やめて……後で聞くから」  そう言ったものの、顔をあげられないでいると大量の水が顔にかかる。  びっくりして顔を上げると、蒼が してやったぜ! とでも言いたげな顔でわたしを見つめていた。 「仕返し」  蒼は笑いながら言ってくる もぉ~なんなの!目にも鼻にも入りそうだったじゃん‼ 「手は反則‼」  わたしはそういいながら、両手で水をすくって蒼に向かってかけた。 「咲葵もやってんじゃん」 「うるさい!」  しばらく水の掛け合いっこして遊んでいると、蒼が波の上を走りながらわたしから距離を置く。 「えい!」 掛け声とともに頑張って水を飛ばしても、蒼のもとまで届かない。そんなわたしの姿を蒼は笑ってみている。 「この~」  わたしは水をすくってから蒼に向かって笑いながら走り出し、蒼も笑いながら逃げ始めた。 「あっ」   波に足元をさらわれたわたしはバランスを崩して、盛大に転んだ。 「咲葵‼」  そんな叫び声をあげて、蒼は急いで戻ってくる。 「大丈夫」  わたしは近くに来た蒼に言いながら立ち上がる。 わっ、制服はびしゃびしゃ。多分下まで濡れてる。  そんな時、太ももから振動が伝わる。 「あ、スマホ!」  そう叫んで、スカートのポケットに入っていたスマホを手に取り急いで確認する。  スマホは普通に光り、まずはひと安心。  波から離れ、他にも正常に動くか確認したけど、今のところは問題なく動いてる。カバンからハンカを取り出したわたしは、スマホについた残りの水滴をなるべくきれいにふきとる。 「大丈夫か?一応防水なんだろ」 「うん」  空がうっすらと赤色に染まり、太陽もだいぶ傾いていた。 「座ろ」  そう言ってわたしが座ると、蒼もわたしと並ぶようにして座った。 「大丈夫、わかってるから。わたしを安心させようとしたんだよね」 「……」 「樹くんって学校な中で結構有名じゃん。イケメンだし……。購買での出来事で運命だって感じて、一緒に遊園地も回れてさ、本当に幸せ者だなって。でも、遊園地の最後に乗った観覧車で見ちゃったんだ。恋バナの後の、夕日が差してたあの時、樹くん泣いてたの。それがひっかかって、どうしたらいいのかわからなくなったの。でもさ、悩んでても仕方ないしって、進むことにしたの。蒼にも香織ちゃんにも手伝って貰ってるんだし、それに甘えてないで自分で行動しないとって。じゃないと少なくともわたしの恋は実らないから……。だから、部活にも参加して、結構大変だったけど頑張ってたんだ。そしたら、強化合宿の時にわたしがいけない事先生に聞いたみたいで……。病気とは言ってないみたいだけど、特別な事情だって」 「なら、まだ決まったわけでもないし」 「部活入ってない特別な生徒だよ?初めて会ったのは倒れかけた時だよ?それに……わたし自身……樹くんに病気のこと聞かれたくない。だから、樹くんが泣いてた理由、恋愛する気ない理由なんて聞けないよ」 「大丈夫だ」 「知られたくなかったよ……」 「大丈夫だよ。俺だって咲葵が病気で体弱いこと知ってるけど、離れてってないだろ」 「だって、蒼は昔っからわたしと一緒にいたから、それに……」 「言ったって離れていかないよ」  泣きそうになる声を、震える声を、落ち着かせるためにたっぷりと時間を取ってから小さな声で囁いた。 「……そうかな?」 「ああ、きっと大丈夫だ」  いろんな思いがわたしの中で交錯する。でも、それはどうしようもないこと考えても無駄。自分に言い聞かせるように逃げるように意識を逸らした。 「…………そっか」  わたしは気持ちを振り切るように腰を上げ立ち上がる。そして、立ち上がったまま少しだけ前に出た。 「香織にも言ってないんだろ、まずは香織にでも相談してそれから三人で」 「かお……り」 今、明らかに香織って言ってた、今までは里見だったのに……。そっか、わたしの知らないところで仲良くなってたんだ……。 「大丈夫か?」 「うん」  わたしは少し動揺した自分自身に驚きつつ思い出したようにスマホを開く。すると、樹くんから連絡が来ていたことに今気が付いた。 あの時の振動は樹くんからだったんだ。  ごめん から始まるメッセージに、わたしは一瞬開くかためらった。 でも、今見なくても後で絶対見なきゃいけないし、結果は変わらないよね。 『ごめん、気づけなくって。体あんまり丈夫じゃないんだよね。入部の件だけど、取り消しになったから。いろいろ大変だとは思うけど、しっかり休んで。もう来なくていいから』  拒絶された。その事実だけがわたしの中に残る。 『わかった』  わたしはそれだけを打って、スマホを閉じる。不思議とモヤモヤが強くなることはなった。でも、なくなることのない。 なんでだろう……。 「送れたか」  蒼が心配そうに聞いてくる。 本当にやさしいね……蒼は。 「ううん」 「どうして……」 「樹くんからさっき連絡があって、……クビになったの」 「え?咲葵……」 「大丈夫、まだ振られたわけじゃない、まだこれから。しかも、まだ出会って一ヵ月しかたってないもんね。諦めるにはまだ早いよね!わかってる…………ッ」 「咲葵……」  丁度、海平線に沈む太陽がわたしたちの世界を真っ赤に染めた。 「……だって、まだ二年生だよ。三年生になっても諦めないから……」  もう抑えることのできない震える声に、自然んと涙も同時に流れる。 やだ……沈まないで欲しい。…………そうだ、この気持ちの正体がわかった。ずっとは張り付いて離れないこの気持ち。まだ時間はある……時間はあるんだから……。  そう思えば思うほどわたしの中の不安が膨らんでいくのを感じる。 なんでこんなに焦るの。しず……まな……い…………で。  意識がどんどん遠のいていく。耐えようとしてるけど、逆らえない。音が聞こえなくなり、方向感覚もなくなる。そして、わたしの意識は完全に途切れた。
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