1章 出会いのクッキー

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1章 出会いのクッキー

「聞いた?北野の異人館通りからちょっと外れたとこにある洋館の噂」 雲一つない快晴の空の下、三宮駅から神戸三宮センター街に向かって歩いていた間宮(まみや)久志(ひさし)は、友人の(もり)真司(しんじ)にそう聞かれて飲んでいたフラペチーノのストローから口を離した。 「何それ、知らないけど……」 「え〜、知らんの?最近、グループLINEでもその話題で盛り上がっとうのに」 「俺、めんどくさくて、あんま細かくチェックしてないから」 「なるほど、未読が一人おると思っとったけど、あれお前やってんな」 腕組みをしながら「やから、久志は流行りに疎いと……ふむふむ」と呟く親友に、久志は「おい、悪口やめろ」と言い返した。 「で、何の話だよ」 「せやから、北野にある洋館の話!あそこ観光客向けの西洋ちっくな異人館がいろいろあるやろ?そこからはちょっと離れとうけど、最近住人が引っ越してきたっていう洋館がちょっとした話題になってんのよ」 熱のこもった調子で話す真司に、久志はさして興味はないのか、「ふーん」と相づちを打つのみ。だが、神戸へ来てから一番に友だちになった真司を無視するほど非情な人間ではない。久志は仕方なく「それで、話題って?」と先を促す。 「聞いて驚くなよ?……実はその洋館に越してきた奴ってのが、吸血鬼らしいねん」 聞こえてきた言葉に真司の顔を見ると、目をきらきらとさせ、嫌味ったらしいドヤ顔をしている。久志はため息をついて、親友の肩をポンと叩いた。 「お前、ラノベの読みすぎだろ。もしくはアニメの見すぎ」 「何や、冷めてんなー、久志は。そういう話聞くと、なんかワクワクさせられるやんか!」 「何だよ、そのファンタジー思考。いるわけないじゃん、吸血鬼とか。つーか、どうしてそんな話になったわけ?」 長いアーケードのセンター街に入った二人は、前を歩いていく人の流れに沿って当てもなくブラブラと散策を続ける。両サイドに並ぶ店はどこも賑わっていて活気が良い。 「うちのゼミの女子がその屋敷の近く通ったときに住人を見たらしいねんけど、黒いマント羽織った金髪のイケメンが燕尾服着たガチ執事連れて中に入っていったって!」 「それのどこが吸血鬼なんだよ」 「バカ、お前!吸血鬼といえば金髪に黒装束ってお決まりやろうが!なんなら金髪イケメンの口元に牙が見えたような……って話もあるんやぞ!」 「見えたような……って、それ完全にその女子の願望入ってるじゃん。コスプレイヤーとか、そういうのじゃないの?いまどき執事連れてる主人とかいないだろ」 呆れたようにそう言った久志に、真司は「北野異人館には、いまも本物の執事やメイドがいる洋館もあるんですー」と食ってかかる。 「ハイハイ。やたら詳しいのな、神戸のこと」 「神戸愛が深いと言ってくれる?ちなみにそれ、イタリア館のことやから」 「聞いてないっつーの」 「ちょっとは興味持とうや!」 そんな与太話に相づちをしながら、久志はある店の前で足を止めた。神戸の老舗洋菓子店、モロゾフの前だ。 「今日はやめときよ、このあと飲み会あるんやから。ケーキなんて持ち歩けへんぞ」 今度は真司が呆れたような表情で久志を見遣ると、「わかってるって」と返してまた歩き出す。 「食いたかったなぁ……モロゾフのデンマークチーズケーキ」 「あれホールでペロリと食べてまうお前の胃袋すごいよな」 「仕方ないだろ、うまいんだから」 「三度の飯より甘いものが好き、みたいなスイーツ男子やもんな、久志って」 「対してお前は激辛好きだもんなぁ。俺からしたら、どうしてあんな辛いもんが食べられんのか分かんないけど……」 「仕方ないやろ、うまいんやから」 先ほどの久志と同じ言葉を繰り返しながら、ふふんと笑いかけてくる真司。そんな真司を一瞥すると、久志は「ハイハイ」と呆れた様子で返事を返した。 「ところで話は戻るけど、飲み会までまだ時間あるやん?ちょっと行こうや」 「行くって、どこに」 久志が尋ねると、真司は「この話の流れで分かるやろ」と言いながら山側の方角を指差した。そして、爽やかな笑顔を見せて一言。 「行ってみようや、その噂の洋館へ」
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