1章 出会いのクッキー

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「うっわ〜、めちゃくちゃ雰囲気ある〜!」 センター街から北へ、わざわざ急な坂道を登って二人がやってきたのは(くだん)の洋館がある北野界隈。観光客で賑わう異人館通りからは少し離れた、静かな場所に噂の屋敷は立っていた。 二階建てのコロニアル様式の洋館で、格子窓にバルコニー、一階にはテラスがある「ザ・異人館」といった趣の屋敷。庭も綺麗に手入れされており、色とりどりの花が屋敷の景観をさらに華やかに際立たせていた。 「けど、吸血鬼が住んでそうな屋敷じゃないだろ。どっちかっていうと、金持ちのお嬢様が住んでるイメージ」 久志がそう言うと、真司も「確かに」と相づちを打つ。二人ともダークなお化け屋敷のような洋館を想像していたようだが、どうやらそれは期待はずれに終わったようだ。 「けど、どんな人が住んでるか気になるな〜!俺、生執事見てみたいわ〜」 「……ミーハーだな、お前」 「だって、執事なんて庶民の俺らには縁遠い世界やんか。ちょっと気にならん?」 久志の服をぐいぐいと引っ張って、門の向こうを覗き込む真司。対する久志は両手をパンツのポケットに突っ込んだまま「ならない」と、きっぱり告げる。 「けど、見てよ、この豪華な門!おっしゃれ〜な庭!中もやっぱヨーロッパのアンティーク家具とか食器がずらーって並んでんのかな⁈大きい絵画飾ってたり、彫刻とかがあったりして!」 興奮気味にそう話す真司だが、久志は相変わらずドライだった。 「さあな。あんま長時間家の前いても失礼だから、行くぞ」 「え〜、もう行くん〜!」 久志が元来た道を戻ろうとしたので、真司はとっさに久志のリュックを引っ張って引き止めようとした。すると、案の定、久志の体はぐらりと傾き、バランスを崩す。 「そんなに引っ張るな、ばか!」 「ごめんって」 へらりと笑う真司に、久志は怒る気が失せてしまった。はぁと大きなため息をついて、「そうこうしてる内に集合時間近づいてきてんだから、行くぞ」と真司を急かす。久志の言葉にスマホを取り出した真司は、表示された時刻を見て「うわ、ホンマや」と呟いた。 「じゃあ、ここの主と執事の顔を見るのはまた今度ってことで」 にっと笑った真司は、そのまま久志を追い越して坂を下っていく。切り替えの早い真司に呆れつつ、久志は「俺は行かないぞ」と、その背に投げかけた。
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