序章

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序章

加賀美(かがみ)、今日のアフタヌーンティーのお供はなんだ」 部屋で作業をしている主人の背中を見て、執事の加賀美は眉間にしわを寄せ、ため息をついた。 「……朝にもたっぷり食べておいて、まだスイーツを召し上がるつもりですか、(かおる)様」 呆れる執事をよそに、主人である神宮寺(じんぐうじ)薫は、おろしたてのタータンチェック柄のスーツが汚れるのも厭わず、床の上に座り込んで19世紀のロンドン製である錠前を攻略するのに集中していた。 「だけど、ビクター・ブルームの期待理論にもあるだろう?人は魅力的な報酬によって、モチベーションが決まると」 「だからって、食べ過ぎじゃありませんか……」 「仕方ないだろう。おいしいスイーツを前にして、誰がその魅力に抗うことができる」 当然だろという物言いだが、言っていることは「スイーツ食べたい」である。主人の根っからのスイーツ好きに、加賀美は呆れるばかり。 「で?結局、今日のスイーツはなんなんだ」 加賀美は主人の金糸のような金髪がさらりと流れるのを見て、またため息を一つ。 「……ティータイムには海岸通に新しくできた焼き菓子専門店のキャロットケーキとレモンケーキをご用意しております」 加賀美の言葉に薫が勢いよく振り返った。その目は宝石のようにキラキラと輝いている。 「それは、この前雑誌にも載っていたあの話題の店のか⁈」 「ええ。食べてみたいとおっしゃっていたでしょう?」 加賀美がそう言うと、薫は澄んだ瞳をゆるませ、「でかしたぞ、加賀美!」と破顔した。目の色を変えた薫を見て、執事は苦笑いを浮かべる。 「どうですか。提示された報酬は、貴方にとって魅力的な報酬になりえましたか?」 加賀美がそう尋ねると、返ってきたのは主人の麗しい微笑みだった。 「ああ、もちろん。この神宮寺薫に解けないものなどないのだからな」
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