第二章:予感

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「ごめんね。クッキーもらった上に、コーヒー までご馳走になっちゃって」  駅に向かう道筋を歩きながら、蛍里は隣を歩く 滝田を見上げた。  熱いカフェオレを手にレジへ向かおうとした 蛍里の手から、滝田はするりとそれを抜き取る と、自分のパンやおにぎりと一緒に会計を済ませ てくれたのだ。  そうして、いまは駅に続く道筋を2人で歩いて いる。  「何だか、俺も月見したくなっちゃった」  そう言って、蛍里と並んで会社を通り過ぎて しまった滝田に、蛍里はただ、笑って頷いたの だった。  「そんなのいいって。それよりさ、折原さん って本が好きだよね?俺も休みの日に何か読ん でみようかと思ってるんだけど……オススメ とかある?」  思いも寄らぬ言葉に、蛍里は滝田を二度見し た。短めの前髪が、風に靡いて精悍な顔立ちが 露わになっている。   明らかに、読書よりもスポーツやアウトドア の方が似合っている。その滝田が、蛍里のあから さまなリアクションに苦笑いをしながら、それで も優しい眼差しで、じっと蛍里を見つめていた。  「滝田くん、本読むの?」  「読むよ。たまーーーに、ね」  思いきり語間を伸ばしながらそう言った滝田 に、蛍里は思わず吹き出してしまった。  つまり、彼は蛍里の趣味に話を合わせてくれ ているだけなのだ。きっと、オススメを口に したところで、彼がその本を完読することは ないに違いない。  「そうだなぁ。それなら竹取物語とかいい かも」  「それ、子供が読む童話だろう?」  茶化すようにそう言った蛍里に、滝田は飲ん でいた缶コーヒーを、吹き出しそうになりなが ら口をへの字に曲げた。  蛍里は違う違う、と首を振る。  「もちろん、竹取物語は児童書でも出てる けどね、現代語訳された文庫版も何種類かあ るんだ。私は文章そのものに魅力がある、 星野浬一さんが翻訳した作品が好きなの。 読みやすいから1時間くらいでサクッと読め ちゃうし、休日の暇つぶしにいいかな、と思 って。うちにあるから、今度持ってこようか?」  ずいぶん前に読んだものだから、本棚の どの辺りにしまったかも、覚えていないけれ ど……。  そんなことを、ちら、と考えながらそう 言った蛍里に、滝田はなるほどね、と納得 した様子で二度三度頷いた。  「そういうことなら、借りてみようかな。 内容もざっくり知ってるし、折原さんのオ ススメなら間違いなく面白いだろうし。 1時間で読めるなら、昼休みに会社で読んで もいいかもな」  蛍里の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き ながらまた、夜空を見上げる。満月は薄雲 から少し顔を覗かせて、まるで、かぐや姫 の帰りを待っているようだ。
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