第二章:予感

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 蛍里はその横顔を眺めながら、不意に、 あることに思い至った。  もしかしたら、“あの本”を自分のデスクに 置いたのは、滝田なのではないだろうか?  自分が読書好きだと、滝田は知っているのだ。  だから、彼は自分のお気に入りの本を何げな く蛍里のデスクに置いたのかもしれない。 ーーだとすると。  そこまで考えて蛍里は、はたと思考を止めた。  もし本当に、あの本が滝田のものだというな ら、同時に、滝田が「詩乃守人」である可能性 も考えなければならない。  けれど、いくら何でも「たまーーに」しか本 を読まないと言っている彼に、あんな繊細な 文章が書けるとは思えなかった。  それでも、聞いてみるだけなら。  確かめてみるだけなら。  蛍里はカフェオレをひと口飲んで喉を潤すと、 思い切って滝田に訊いた。  「ねぇ。滝田くん」  「ん?」  「ちょっと前の話になるんだけどね、私の デスクに本を一冊、置いたりしなかった? 落とし物かとも思ったんだけど、もしかした ら誰かが私に貸してくれたのかも知れないと 思って、家に置いてあるの」  探るような眼差しでそう訊いた蛍里に、 滝田はふむ、と一度首を捻ると、あ、と 思い出したように声をあげた。  「それ、俺が置いたかも」  「えっ!?」  予想だにしなかった彼の返答に、蛍里が これ以上ないほど目を見開いた、その時だった。  突然、背後から蛍里の横を通り過ぎた自転車 に、思わずよろけてしまった蛍里の躰を、がし り、と滝田が受け止めた。  手にしていたカフェオレが零れて、地面に 染みができる。  「あ…っぶねーな。大丈夫?」  立ち止まったままで、遠ざかる自転車を、 きっ、と睨みつけると、滝田が腕の中の蛍里 を覗く。蛍里は、近すぎる滝田の眼差しに鼓動 を大きく鳴らしながら、こくりと頷いた。  咄嗟に、滝田が支えてくれたおかげで足を 捻らずに済んだ。  だから、「ごめんね。ありがとう」と、そう 言って蛍里は滝田の腕を離れようと、した。  けれど……。  「滝田くん?あの……」  滝田は蛍里の肩を離そうとはしなかった。  それどころか、ぐい、と肩を抱く腕に力が 込められて、布越しに滝田の体温が近くなる。  蛍里は、自分の肩を抱いたまま歩き出した 滝田を、覗き見た。  「……また、ぶつかるといけないから」  いつもより少し低い声でそう言った滝田は、 蛍里を見てはいなかった。それでも、前を 向いたままで、蛍里の歩幅に合わせて歩いて くれている。  蛍里は、彼の腕の強さに戸惑いながら、 視界の先に青く光る地下鉄の看板に目をやった。  駅まではあと数十メートルだ。
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