第二章:予感

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 初めて聴く滝田の低い声に、自分の肩を 抱く手の温もりに、心臓は早鐘を打って仕方 なかったけれど、それでも、蛍里は彼の手を 剥がすことができなかった。  何も言葉を交わさぬまま、駅までの道のり を歩いた。何も言葉がないから、駅までの道 のりが遠く、遠く、感じられた。  ようやく、駅に辿り着いた蛍里の肩から 滝田の体温が去っていく。蛍里はどんな顔 をすればいいかわからず、顔をあげられな かった。  だから、あの本の持ち主は滝田なのか…… 肝心なことも訊けなかった。  「じゃあ、気を付けて。また、明日な」  階下のホームからくる、生温かい風に額 を露わにしながら、滝田が笑う。その笑み はいつものもので、蛍里はやっと肩の力を 抜くことができた。  「うん。滝田くんも、気を付けてね」  まだ少しぎこちない笑みを返してそう 言うと、蛍里は駅の階段をゆっくりと下 り始めた。  手の中のコーヒーは熱を失って、すっか り冷たくなっていた。  「やっぱり、違いすぎるなぁ……」  風呂上がりの髪をタオルドライしながら、 蛍里は詩乃守人の作品を幾度も読み返して いた。やはり、この文章を書いたのが滝田 だとは、どうしても思えなかった。  違いすぎるのだ。  滝田の明るい人柄と、詩乃守人の綴る 繊細でやわらかな文章が、あまりにミス マッチすぎる。  何となくだけれど、蛍里は教科書やテレビ なんかで紹介される、いかにも文豪風の容貌 をした作家と、詩乃守人のそれを重ねていた。  けれど、滝田は蛍里のデスクに本を置いた と言っていた。ということは、あの本の持ち 主は間違いなく滝田で、このサイトのアドレ スを記したのも滝田ということになる。  もしかしたら、彼も詩乃守人のファンなの だろうか?そこまで考えて、蛍里はまさか、 と首を振った。  蛍里から「竹取物語」を借りようとする その人が、詩乃守人の作品を読んでいる姿 など想像できない。  詰まるところ、滝田に確かめてみなけれ ば真相は何もわからない、ということだった。   蛍里は気を取り直して、サイトのトップ ページに戻った。  今ではすっかり見慣れた表紙の絵柄の下に、 更新履歴や、サイトの訪問者数などが記され ている。そうしてページの最下部には、 「フォロー&リムーブはご自由に」という ひと言と共に、SNSのアカウントが貼り付け てあった。 ーー今まで気付かなかった。    このSNSを覗けば、詩乃守人がどんな人 なのか?  彼についての情報がわかるかも知れない。  蛍里は逸る気持ちを抑えて深呼吸をひと つすると、貼り付けてあるSNSのアイコン をクリックした。  すると、サイトの表紙と同じ絵が背景に 使用された、詩乃守人のアカウントが表示 された。
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