第二章:予感

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 「へぇ……」  蛍里は感嘆の声を漏らすと、彼のアカウント に釘付けになった。自己紹介の欄にはたった ひと言、「オリジナル恋愛小説サイトの管理人 です」という自己紹介文があるだけだが、スク ロールして彼の書き込んだ内容を見れば、小説 サイトの作品紹介の他に、彼の好きな小説の話 や日常の出来事までもが何げなく記されている。  蛍里はいままで知ることのなかった彼の一面 に目を輝かせながら、夢中で投稿文を読んだ。  そうして、ある文章と共に貼り付けられた 1枚の写真に目を留めた。  どきりと心臓が跳ねる。  その写真の風景に、見覚えがあったからだ。  載せられていた風景は、蛍里の勤める会社 から歩いて数分のところにある、緑道公園の ものだった。  立ち並ぶビルの間に流れる河川を、時折々の 花と縁で彩った癒しの空間で、蛍里も天気が 良い日などは、ひとりお弁当を持ってこの緑道 のベンチで昼休みを過ごすことがあった。  その緑道公園が、詩乃守人のSNSに載って いる。  蛍里は書きこまれた文章に目を走らせた。  「職場近くにある緑道公園です。市街地の 中心にありながら、都会の喧騒を忘れさせて くれる緑豊かな空間で、僕はよくこの場所を 訪れます。鮮やかな光に彩られる夜の風景 にも癒されますが、水面に反射する陽の光 を眺めながら物語の考案をするのが、至福 のひとときです」  蛍里はその文章を読み終えると、糸の切れ た人形のように、背もたれに躰を預けた。    そして、天井を見上げた。  彼は、詩乃守人と名乗るその人は、蛍里の 近くにいるのだ。  どこの会社に勤め、どんな仕事をしている のかはわからないけれど、蛍里と同じように あの場所を好み、彼はあの河の水面を眺めな がら物語を生み出している。  蛍里はその光景を想像しながら、瞼を閉じ た。もしかしたなら、彼とは知らずにすれ 違っていたこともあるかも知れない。互いに、 顔も名前も知らないのだ。    もし、彼が隣りのベンチに座っていたと して、どうして気付くことができるだろう? ーー会いたい。彼に、会ってみたい。  蛍里は、ぱちりと目を開けると、サイトの メールフォームを開いた。ぱっ、と真っ白な 画面が表示されてキーボードに手を添える。  急くような心持ちで“詩乃 守人様”と宛名 を書きこんで、蛍里の手は一旦、そこで止ま った。 いったい、何と書けばいいのだろう?
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