第三章:嘘をつく理由

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第三章:嘘をつく理由

 ここまで朝寝坊をしたのは、久しぶりだった。  一昨日の睡眠不足が祟ったのか……枕に顔を 埋めたまま深い眠りに落ちてしまった蛍里は、 目を覚まして部屋の時計を見た瞬間に、絶望 した。  時計の針は、家を出なければならない時刻 の約10分前を指している。いつもなら、 30分かけてのんびりと朝ごはんを食べ、 ゆったりと支度をして家を出るのだが…… 今日ばかりは、通常の10倍の速さで支度を しなければならなかった。  ああ確か、高校時代にもこんな朝があった、 と、そんなことを思いながら、ざばざばと顔 を洗い、服を着替えて、軽く化粧を施す。    そうして、奇跡的にいつもより5分遅れで 家を出た蛍里は、これまた奇跡的にいつもと 同じ電車に乗り、無事に会社に辿り着くこと ができたのだった。  だから、お腹が空いていること以外は、 いつもと何ら変わりはなかった。    専務室のドアが開いて、蛍里が名を呼ばれ たのは、ちょうど本社や各店舗で使う備品を 注文し終えた時だった。  折原さん、と手招きをしながら榊専務が 蛍里を呼んでいる。手には何かの資料を持って いる。  「はい。何でしょう?」  蛍里は席を立つと、榊専務の元へ行った。  「忙しいところ申し訳ないんですけど」  そう前置きをして、榊専務が部屋へと招き 入れた。そうして、応接セットのテーブルに 分厚いファイルを広げ、そこから、数枚の 資料を選んで取り出した。  「今度の販促会議で使う資料を、コピーし て揃えて欲しいんです。少し拡大して見やす くしたものを、30セットお願いできますか?」  「わかりました。試しに一枚拡大したもの をお見せするので、確認してもらっていいで すか?」  「もちろん」  にっこりと笑ってそう訊ねた蛍里に、榊専務 が頷く。蛍里は資料を手にすると、専務席の 斜め後ろにある、コピー機に向かった。    ピッ、ピッ、と慣れた手つきで操作する。  専務の指示通り、余白を目一杯使って、数字 を見やすく拡大した。  うん。いい感じ。    蛍里は丁度よく一枚の用紙に拡大コピーされ た資料を手にすると、榊専務を振り返った。  「あの、こちらでどうでしょう」  じっとパソコン画面を見ていた専務が、 蛍里を向く。  「ああ。ちょっと、見せてもらえますか?」  そう言って手を差し伸べている榊専務の側 へ蛍里が近づき、書類を渡した時だった。  ぐう~ぅ……きゅるるぅぅ………  朝ごはんを食べ損ねた蛍里の腹が、盛大に 鳴った。  「!!!!!!」  「………………」  互いに、書類の端と端を持ったままで、 固まる。  榊専務の切れ長の双眸が、目一杯見開かれ ている。  蛍里は、一度ならず二度までも彼の前で 醜態をさらしてしまい、恥ずかしさから顔を 真っ赤に染めると、両手で顔を覆った。  そして、頭を下げた。
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