第三章:嘘をつく理由

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 「もっ、申し訳ありません!!!」  昨日と同様に、小声で叫びながら失礼を 詫びる。  こんなことなら、デスクの引き出しに常備 してあるクッキーを全部食べておけば良かっ たと、後悔したところでもう遅い。  鳴ってしまった腹の虫は、どうにも誤魔化 せない。ここが大音量のBGMが流れるカフェ かレストランなら聴こえなかったのに……。  表情を止めたままの榊専務を前に、そんな 現実逃避をしていた蛍里の耳に、ぷっ、と 吹き出す声が聞こえて、蛍里は顔を上げた。  「いや、失礼。……ずいぶん大きな音だっ たから、ちょっと可笑しくて。つい……」  そう言いながらも、くつくつ、と笑いを 堪えられないといった様子で、榊専務が白い 歯を見せている。  蛍里は、その笑顔に思わず目を見開き、 そうしてまた、別の意味で頬を染めた。  昨日見た柔らかな微笑みとも違う、子供 のような屈託のない笑顔だった。こんな風に、 笑うことがあるなんて。  いつも冷静沈着で、感情の変化に乏しい 人だと、勝手に思っていた。なのに………。  今まで知ることのなかった彼の一面から、 蛍里は目が離せなかった。じぃ、と自分を 見つめている蛍里に気付いて目に滲んだ涙 を拭うと、榊専務が笑みを残したままの顔 で言う。  「別に、謝る必要は何もありませんよ。 誰だってお腹が空けば、腹くらい鳴ります から。でも、ちょうど良かった。その作業が 終わったら付き合って欲しいところがあるん です。まだ11時を過ぎたばかりですが、 着替えて駐車場の入り口で待っていてもら えますか?」  ちら、と腕時計に目をやってそんな指示 を出した専務に、蛍里は状況が呑み込めず、 首を傾げた。  「あの、付き合って欲しいところって、 いったい……」  自分が、榊専務と社外に出なければなら ない用事なんて、見当もつかない。仕事、 ではないのだろうか?  不安そうな顔をして榊専務を覗き込むと、 彼は蛍里の心の内を察したように、頷いた。  「大丈夫。仕事なので安心して付いて来て ください。それとこれ、枚数が多いからホチ キスでは止まらないと思います。これで綴じ てまとめてください」  デスクの引き出しから、書類を留めるガチ ャックを取り出して蛍里に手渡す。蛍里は、 はい、と頷くと、榊専務の視線から逃げる ように背を向け、コピー機に向かった。  資料を拡大コピーし、セットし終えるまで、 蛍里はまた腹が鳴らないよう、できるだけ 浅く息をしていた。  「ねぇ。何話してたの?」  作り終えた資料を渡し、専務室からデスク に戻ると、結子がひそひそ声で蛍里に訊いた。
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