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「すみません。わたし、そんなに怯えた顔し
てますか?」
「まあ。あなたは何でも顔に出るタチみたい
だから、わかりやすくていいけどね」
くすくす、と笑いながら専務がハンドルを
切る。車は交差点を右折して、緑道公園を通り
過ぎていく。榊専務の笑顔の向こうに、昨夜
SNSで見た緑道公園の鮮やかな縁が見える。
なぜだか、胸がどきどきして、蛍里は前を
向くと小さな声で言った。
「怯えてるわけじゃないんです。ただ、
突然のことで現実感がないというか……戸惑っ
ているというか」
その言葉は本心だったが、返ってくる答えは
なかった。専務は黙ってハンドルを握っている。
けれど、2人の間を流れる空気は優しいもの
で、蛍里は何となく窓の外に目を向けた。
視界を流れる景色がポカポカと光を浴びて、
眩い。何だかこのまま何処かに行ってしまい
たい。そんなことを思わせる陽気で、困る。
2人を乗せた車が目的地のレストランに辿り
着いたのは、蛍里がうたたねをしてしまって
から、数分後のことだった。
「素敵なお店ですね」
蛍里は席につくと、きょろきょろと店内を
見回した。
榊専務に連れてこられたレストランは、
リストランテと名のつく高級なイタリア料理店
だった。白を基調とした店の天井には、光を散
りばめるようなお洒落な照明が施されていて、
壁にはどこかで見た覚えのある絵画が飾られて
いる。
にこやかにグラスを傾けながら食事をして
いる客も、自分とは部類の違う人たちに見えた
し、蛍里は自分が場違いではないか?と不安に
なってしまっていた。
「内層やインテリアで高級感を出して富裕層
の心を上手く掴んでいるようですね。この辺り
は病院が多いから立地的にも申し分ない。これ
といって目立つような商品も見当たらないので、
繁盛の要因は居心地の良さと立地の良さ、とい
う感じかな……」
ぱらぱらと、メニューに目を通しながらそう
口にした専務に、蛍里は慌てて彼が手にしてい
るメニューと同じものを開いた。
そうして、ギョッっとする。
いつも自分が結子と食べているご褒美ランチ
の5倍の値段がズラリと並んでいる。
これじゃとても持ち合わせが足りそうにない。
蛍里は目を白黒させながら、声を潜めて言った。
「あの、すみません。ちょっと私の持ち合わ
せではお会計、足りなそうなんですけど……」
あくまでも、足りない分は貸してもらえるか?
という意味合いでそう訊いた蛍里に、榊専務は
一度目を見開くと、その目を細めた。
「そんなことは気にしないで。ここは経費で
落とすので、遠慮なく食べてください」
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