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「料理の追加と一緒にドリンクも頼みますけ
ど、あなたも同じものでいいですか?別のもの
が良ければ」
そう言ってメニューを差し出そうとした専務
に、蛍里は慌てて首を振った。うっかりしてい
たが、いまは榊専務と食事中だ。
「すみません。同じもので大丈夫です」
蛍里はそう言うと、グラスに残っていたジュ
ースを飲み干して、テーブルの隅に寄せた。
そうして、パクパクと取り皿に残っていたも
のを平らげる。すると、ウエイターが速やかに
それを下げ、新しい皿を用意してくれた。
競合店の視察など、蛍里は初めてだったが、
料理が提供されるタイミングやサービスは、
絶妙な気がする。前々から視察に来たかった、
と、専務がそう言ったのも頷ける。
一通りの注文を終えると、メインディッシュ
を手に他のウエイターが現れた。熱々のパスタ
が2種類、テーブルに並ぶ。蛍里はぎこちなく
それを取り分けると、専務に差し出した。
「ありがとう。熱いうちに、あなたも食べ
てください。さっきはお喋りに夢中で、冷めて
しまっただろうから」
「はい。いただきます」
自分の分を皿に取り分けながら、蛍里は肩
を竦めた。
そうして、熱々のパスタにフォークを絡める。
ついさっき、専務の口から出た言葉が、まだ
頭にこびり付いていたが、既にそのことを訊け
るような雰囲気ではなくなっていた。
料理の味付けを確かめているのか、提供され
る料理の温度を確かめているのか、榊専務は
黙々とパスタを口に運んでいる。蛍里も、何と
なく目の前のパスタを味わいながら、けれど
2人の間を流れる沈黙を破りたい気持ちもあっ
て、ふと、頭に思い浮かんだことを口にした。
「そういえば、ご婚約おめでとうございます」
純粋に。
祝福の気持ちからそう言った蛍里に、専務は
瞬時に顔色を変えた。すっ、と笑みが消えて
複雑な表情を蛍里に向ける。
ーー言ってはいけなかった。
彼の目を見た瞬間に、蛍里は後悔した。が、
口から出てしまった言葉は、元には戻らない。
「………どこでその話を?」
明らかに、さっきまでとは違う声のトーンで
専務が訊く。蛍里は動揺から、震えそうになる
手を握りしめながら、消え入りそうな声で言った。
「ちょっと前に……同僚から。専務の婚約が
決まったみたいだと、聞いたので……その、
わたし、余計なことを言ってしまったみたいで、
すみません」
蛇に睨まれた蛙のように、身体を硬くする。
その蛍里の耳に、専務のため息が聴こえて、
蛍里は何だか泣きたくなってしまった。
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