真実というのは、----------

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       1.何か不可解な予感   ある朝も明けてない5時頃、昨夜遅くまでの勤務を終えて寝床に江草刑事の携帯に緊急連絡が入り、慌てて車で現場へ向かった。 現場へ向かったのは、都内の谷越線の線路と歩道との境界の金網前に、一人の若い20代の男性が、血だらけで倒れていたという警視庁の捜査一課の同僚作部刑事よりの連絡からだった。まだ完全に夜が明けておらず少し月が輝いていた冬の5時30分頃だった。里志が、現場に着いたのは、5時35分頃で、もうすでに捜査官約10人と鑑識課の追崎班5人が立ち会っていた。李下は、いち早くに同僚の作部刑事を探し、いつもの黒コートが見え声を掛けた。「あ、作部さん、お疲れさんです。どうですか。ガイシャの様子は。」と。すると、作部刑事は、「あ、おはようございます。江草さん。ガイシャの様子は、鋭いとがったもので、下腹部と背中を数回刺されて出欠多量で、この金網前に倒れたものと聞いております。また、目撃者は、ここを朝方4時ごろ、バイクで通行中だった新聞配達の男性と聞いてます。」と言った。そして、江草刑事は、「ありがとう。」と伝え、現場に倒れていた被害者の男性の様子を見ると、かなりひどいもので、かなり怒りと逆恨みからか相当刺されている状況だった。それから、その現場に手を合わせた。   車で、警視庁ビルに戻ると、この殺人事件の件は捜査一課であたってほしいとの指示で、早速鑑識課の検視の終了を待った。午後に入ってもなかなか検視が終了せず、捜査官の11名は、捜査資料と現場の写真の基本情報のデーター化や、被害者の情報を何人かで急いで整理していた。ようやく、午後1時過ぎに、鑑識課の班が追埼 班が、捜査一課の部屋へ入ってきて、検視が終了したようだった。   そして、捜査一課の捜査会議が始まった。まず、被害者の20代の男性は、都内の品川区焦島町在住の江花 敏行だった。この男性は、都内の私立大学を4年前に卒業し、品川駅界隈のブテイック屋で勤めていた。出身は埼玉県越谷市御津町で、両親は彼が大学3回生の時に交通事故で亡くしていた。推定死亡時間は、午前2時頃で事件に巻き込まれたのは、おそらく11時からこの午前2時までという鑑識課からの報告だった。被害者の検死によると、下腹部を5か所と背中を2回同一箇所刺されたものとも報告された。死因は、出血多量によるものとも発表された。  早速江草刑事は、同僚の作部刑事と共に勤務先の品川駅界隈のブテイック店へと向かった。ブテイック屋は、駅界隈の屋久島商店街の中にあり、なかなか派手な店看板であった。店へ入ると、30代の女性が1人で服を陳列していた。江草刑事は、昨日ここの店員の江花氏が、亡くなった旨を伝えた。 すると、この店員三崎 恭子は、大変驚いた様子で、「え、あの江花くんが。一昨日、いつもと変わるずいたのに。」と言った。江草刑事は、この店員から、江花氏の勤務状況や他の店員との交流関係を聞きこんでいた。そこからは有力な情報は、微塵も得られなかったが、彼が、私立大学時代に、美術学部デザイン部に入っていて大学時代からこの店で働いていたことが分かった。 そして、しばらく店内を江草刑事と作部刑事は、色々とみていた。店には色々な服が陳列されていて、江草刑事は、被害者の生前の活動の様子を想像していた。その後、車で作部刑事と彼の通っていた都内の私立江東大学へと向かった。  被害者江花氏が通っていた私立江東大学は、創立後約40年経ち荒川沿いにあり、5年前に改装され人文学部と美術学部と新しくなったキャンパスで囲まれていた。ふと、江草刑事は、先に歩いていく作部刑事に、一声かけた。「あ、作部さん。先に学務課へ向かっといていただけます。ちょっと車に忘れ物をしたので。」と。 そのまま、作部刑事は、小さくうなずいて先に向かって行った。実は、江草刑事は忘れ物はないのだがどうしても気がかりな校門からの長い階段に座り込んで亡くなった江花氏の写真や先ほど行ってきたブテイック屋から被害者江花氏の生前の様子を垣間見ようとした。     
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