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極める道は硬派道愛
仕事が終わり、恋人と同棲している家に帰るのが何より楽しみな俺。とくに今日は金曜日!ゆっくりできる日だ。
「ただいまー」
靴を脱いで、リビングに入るとそこには、金髪の髪をオールバックにして刺繍の入った特攻服を着た恋人がたっていた。
「おかえり」
口にはタバコをくわえて。っても、それ俺の電子タバコ。お前吸わないだろ……ってか、なんだその格好。
そして俺の恋人はれっきとしたサラリーマンだし、ヤンキーでもない。むしろ、真逆にいるようなノー天気なスイス人のミカ・エルマーだ。
「ミカ、何してんだ」
「かっこいいでしょ!」
真っ白の生地に金糸で、『我等友情永久不滅成天からもらったこの命……』だの『天上天下唯我独尊』だの刺繍が施してある。昔、読んだことのある漫画を思い出した。最近ヤンキー漫画、流行ってるんだっけ……
そして腕には名前が赤い糸で……刺繍されていた。なになに……『石井保』?!
俺は腰が抜けそうになるほど、驚いた。
石井保って……同僚の? 俺と同じ営業で、腰が低くて評判の、いつも昼飯を一緒に食べてるあの石井?
「そう、石井さんに借りたんだ!」
俺の方が石井と付き合いが長いが、ミカもまた同じ職場で、仲が良い。俺は石井がこんな服持ってたことを知らなかった。
「あ、あいつヤンチャしてたんだな」
「石井さんがこれ着てた写真を見せてくれてさあ。僕が着てみたいって言ったら持ってきてくれたんだ! 日本の文化なんでしょ?」
日本の文化か? これ……
いやそれより、石井。すぐ持ってくるということは、今も大切に家に置いてるのか。あいつあんな人畜無害な顔してるクセに……
「どぉ? 似合ってる?」
いつもの茶色のめがねをかけずに、裸眼の青い瞳をこっちに向ける。髪型も違うし、この特攻服ひとつでいつものんびりしたミカが若干かっこよく見え……いやいや待て! 落ち着け、俺!
咳払いして俺はミカのオールバックの髪を撫でた。
「似合ってるけど、俺はいつものミカの方が好きだなあ」
「わ! 本当?」
ミカが抱きついてきてキスをする。その格好で迫られてもなあ……。
「金曜日は盛り上がった?」
翌週。会社に着くと石井が寄ってきて、そう聞いてきた。俺は少し睨んで小声で答える。
「お前なあ、あまり変なことミカに言うなよ。前もふんどしがラブグッズだのミカに言ったのお前だろ」
「えー。何のことかなあ」
パソコンを立ち上げながら、シラを切る石井。
「お前、ヤンキーだったんだな」
「若気の至りよ」
そう言いながら笑う石井。瞼の上の傷痕も、もしかしたらその頃、喧嘩した時の勲章なんだろうか。
ぶるっと体が震える。……石井を怒らせないようにしよう。
石井は俺の顔を見ながらこう言った。
「エルマー、気に入ってくれたみたいだし、あれいつでも貸出するぜ」
「ノーサンキューだから!」
【了】
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