193人が本棚に入れています
本棚に追加
2.二人の暮らし
夕飯を食べ終え、家についたものの、家を出る時には人を連れて帰るなんて思っていなかったから、当然部屋は片付いていない。部屋に入る前、ミカは気にしないよと言ってくれたのだが……
「武史、ゴミは捨てた方がいいと思うよ!」
部屋に入るなり、テーブルの上に置きっぱなしになってたものを見て、そう怒鳴った。気にしないって、お前言ってたじゃん……
俺が口を尖らせながら、片付けをしているとミカが突然こう言ってきた。
「決めた! 僕、お世話になるお礼に、家事します」
「いやいや。客人にそんな事させるわけには」
「客人と思わなければいいでしょ」
腕まくりをして、散らかっている衣類をまとめながらミカがそう言った。
「友達、と思ったらいいよ」
ニコニコ笑うミカ。俺は何だか気が抜けて思わず笑った。
「んじゃ、頼むわ」
こうして俺とミカの同居生活が始まった。
一緒に仕事をしてみて、気づいたことがある。ミカはエリート様ではなかった。よく間違うし(大きなミスでは無いが)とにかくおっちょこちょい。何回ミカの『あれぇ?』を聞いたことか。
安高課長から後で聞いた話だと、研修募集にいち早く挙手したのは役職すらついていないミカだったそうで『選ばれしエリート様』は完全に俺の妄想だった訳だ。周りの同僚もミカの仕事にハラハラしていたようだが、その一生懸命さと、イヌのような笑顔に皆がミカを嫌うことはなかった。
「齋藤さん、その荷物重いでしょ。持ちますよ」
「買い出しなら僕が行ってきますよ、西本さん!」
ミカはあっという間にムードメーカーになっていった。一か月が経つ頃には、もう何年もここにいたのでは? というくらい馴染んでいたのだ。
そして俺の暮らしといえば。一人の時は不摂生してたんだけど、ミカと暮らすようになってちゃんと三食、食べるようになった。
朝晩はミカが作ってくれる。どうやら料理するのが好きなようで、余力があるときにはたまに弁当も作ってくれるのだ。
初めて手作りの弁当を持って行った時、昼飯を誘いに来た石井が目を白黒させて、彼女できたのか、と聞いてきた。その言葉を聞いたミカが、胸を張ってこう言った。
「僕が作ったんだ、愛妻弁当だよ!」
一瞬、周りが静かになって、すぐ石井を始め同僚達がが爆笑する。愛妻弁当って……!
「えっ、なんでみんな笑うの?」
キョトンとするミカ。石井がクックック、と笑いながらミカに説明していた。
ミカと暮らしてみて全く不都合なことはなかった。むしろ家事を引き受けてくれたから助かっている。いつも綺麗な部屋で過ごせるし、美味しいものを食べられる。テレビを見ていて面白い話があったら二人で笑っていられるし、二人暮らしは意外と快適だ。
「武史お出かけしようよ」
「は?」
休日の朝、コーヒーを淹れながらミカがそう言ってきたので俺が聞き返すと、新しい服が欲しいのだという。
確かにいつも似たような服のルーチンだし、一年分の服は持ってきていなかったのだろう。俺のを貸してやろうとしたが、体に合わないと本人が嫌がった。
わざわざ一緒に出かけなくてもと言うと、ミカはふくれっつらをみせる。
「いいじゃん、休日に寂しく家でゴロゴロしてるくらいなら付き合ってよ」
言うようになったなあ、こいつ……。
前の彼女と別れてもう何年だろうか。確かに俺は寂しい休日を過ごしてきたけど……いや、違う! 自由を謳歌してきたんだ!
俺が返事をしないでいると、今度は犬みたいにすがる顔を見せるミカ。仕方ないなあ……。なんだかんだで俺はこのミカの顔に弱い。青い瞳の、堀の深い顔なのにおねだりすり顔は少し可愛いとさえ思えるのだ。まあ男相手に可愛いだなんて、気の迷いとしか思えないけど。
「分かったよ、じゃあどこ行く?」
俺がそう言うと、ミカは弾けるような笑顔を見せた。その日から、休日に二人で出かけることが多くなった。
最初のコメントを投稿しよう!