1.二人の出会い

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1.二人の出会い

俺の職場は海外に本社のある、外資系の支店だ。その本社からこちらに出張にくる人がいるからよろしくと上司から言われた。 何となく、本社から来るなんてすごいエリートなんだろうなあと思っていた。スーツをパリッと着こなして、仕事がバリバリに出来て、女を口説きまくっている青い目の金髪な奴が来るんだろうと、俺は緊張していたのに。 紹介された彼はまるでそんなオーラがない。ヘラヘラして、人懐っこい犬みたいな…… 『ミカ・エルマーと申します。よろしくお願いします』 銀色のフレームの眼鏡をかけた金髪の彼は、流暢な日本語で、握手を求めてきた。そんな彼のシャツに、ミートソースの小さなシミがついていたのを俺は見逃さなかった。 *** 上司の安高(やすたか)課長からスイスの本社からうちの部署に配属になるやつが来るから、と言われたのは数週間前。戦々恐々としながら過ごして、とうとう彼が来る日となった。 「怖っ! めっちゃエリートが来るんじゃないの?」 同僚の石井が缶コーヒーを片手にそう言ってくる。石井とは入社式に意気投合してそれ以降、昼メシや飲みに行く間柄だ。 「だろ? エリートぽいよなあ」 海外からのエリート様(仮)が来る予定時間まであと少し。俺はため息をついた。 「お前が相手するんだろ? ご愁傷さま。そういえば今朝、近くで火事があってさあ…」 石井と他愛のない話をしながら缶コーヒーを飲み終えて、石井はフロアに戻っていく。俺もとぼとぼと後に続いた。 俺、壇上武史(だんじょうたけし)は何かと人から頼まれごとをされやすい。新人の教育係や部署内でのちょっとした雑用を頼まれてしまう。決してパシリではなく、同僚によると俺が『断ることなく引き受けるから』だそうで。まあ確かに、頼まれたら嫌と言えない性格なんだけど。 今回も配属になる奴の面倒をみてやってくれ、と安高課長に言われていた。エリートの面倒をみるなんて、気が重い。そう思っていると、背後から課長に肩を叩かれ、振り向いた。そこには課長と見知らぬ外人。 ……こいつがエリート? その姿を見て俺はちょっとイメージと違っていたので思わず凝視してしまう。 あまり背が高くない安高課長と同じくらいの身長。金髪に青い目、は思った通りだ。銀縁の眼鏡をかけている彼は堀の深い顔なのに、キツそうな顔ではなく、笑顔を振りまいている。そして何より気になるのはネクタイの横についている、点々のシミ。真っ白なシャツだからかなり、目立つ。ミートソースかな。エリートがシャツにシミ、つけるか? 「ミカ・エルマーと申します。よろしくお願いします」 相手が自己紹介してきて、握手を求めてきたので応じながらも俺は気になって仕方がない。  「壇上武史です」 俺が自己紹介した瞬間、目の前の外人がキラッと目を輝かせる。 「ダンジョウ! かっこいい名前だね!」 一瞬、間があって周りからクスクスと笑い声が聞こえじめた。くっそ、気にしてるとこをつきやがって…… 挨拶が終わり、ミカは俺の隣の席をあてがわれた。日本語が分からなかったらどうしよう、と心配していたのだけど、ミカは流暢な日本語を喋るし聞き取りもできているようだ。やはりエリートなのかなあ。 業務の説明などミカに教えながら時計を見ると、定時まで後一時間。よし、あと少しと思っていたら、安高課長に突然会議室へ呼ばれた。 「壇上、悪いんだけどさエルマーくんをお前の家に居候させてやってくれないか?」 会議室に入るや否や、そんなことを言ってきたので俺は思わず『はあ?』と声を出してしまった。 「会社でマンションの部屋を準備してるんじゃないですか? 一年の長期滞在ですよね?」 「もちろん用意してたんだ。ただ、今朝火事があっただろ」 そう言えば、石井が火事があっただろと言っていた。確かにあれはこの職場に近かったけど…ジワジワと嫌な予感がしてきた。 「火元じゃないにしろ、用意していたマンションは運が悪いことに隣だったんだよ。貰い火してね、とてもじゃ無いけど住める状態じゃなくて」 「じ、じゃあホテルとかでも……」 「冷たいなあ。お前一人暮らしじゃないか。プライベートでも親密になってくれたらエルマーくんだって安心だろ。な、頼むよ」 手を合わせて、安高課長は俺に頭を下げる。ああ、こう言うのに弱いんだよな、俺。 「……わ、分かりました! 部屋が見つかるまでの、繋ぎということなら」 「いやあ、ありがたい!」 ガバッと俺の手を握り笑顔を見せる課長。俺が断れないのを分かってんだろうな…… ミカとの初めての食事は、帰宅途中にある定食屋。何がいいのか迷っていたら、ミカの方から『刺身定食が食べたい』と言ってきたのだ。 「お世話になります、壇上さん」 席について、定食を待っている間にミカは深々と俺に頭を下げてきた。頭を下げられたら、弱いんだって! 「いやいや、災難でしたね。まさか貰い火だなんて」 「ええ、びっくりです。でもお陰で刺身定食を食べられるから僕は嬉しい」 ヘラヘラと笑うミカ。会社では自分のことを『私』と言っていたが『僕』に変わったので、少しホッとした。 「エルマーさんは刺身好きなんですね」 「はい、大好き! ああそうだ、ミカと呼んでください。会社ではエルマーでもいいですよ」 「あ、そう?」 「僕も武史さんって呼んでいいですか?」 おお、一日目にして名前呼びかあ。まあそのほうが俺も緊張しないかな。 「武史でいいです。さんはいらないよ」 「ありがとう!」 笑顔を向けられると同時に、刺身定食と、俺のカツ丼が運ばれてきた。ミカは目を輝かせながら箸を手にした。
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