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メリエルは窓を開ける。するとピチチチ、と鳴きながら入って来たのはあの小鳥だ。迷うことなく騎士の肩にとまった。
「助かったのね、あなたのおかげだわ」
「一時は本当に危なかったのですが。メリエル様の計らいでなんとか」
謹慎処分になったからこそつきっきりになることができた。小鳥は自分で餌が食べられなかった。エサと水を口元まで運んで、身体が冷えないように温度差調整をしながら。不安でピィピィ鳴く小鳥を撫で続け、元気になっていった。
「本当に助からない怪我もあるけど、大怪我をしたときほど生命は生きようとするものよ。その生命力は凄まじい、手当以外の手を加えるべきではないわ。どんな事情があろうと、死は生を受けた瞬間から等しく与えられている。それを捻じ曲げてしまうなど、その生き物への侮辱だわ。不安や心細さなら、誰かが傍にいるだけで力も湧いて来る。それが生き物の本来あるべき姿なの」
小鳥を見つめたあと、雲一つない青い空を見つめながらメリエルは詩を読むように言う。その姿はまさに人々が崇める聖女、神の遣い。
「あの時と同じことをお聞きします。パンは、もう焼かないのですか」
「ええ。私が作ったパンは、本当は不味いの。シスターたちは私が一生懸命作っていたから、貧しい教会を支えようと必死だった私の頑張りを無にしたくなかったから、おいしいって言ってくれていたのよ。それもわかってた。だから練習したかったの、いつか本当に美味しいパンを焼いて、美味しいって笑ってほしくて。結局、麦を見たシスターたちが教皇様に連絡をして、そのままここに召し上げられたけどね」
その瞬間、メリエルの空気が冷たくなる。口元は笑っているのに、背筋が凍りそうなほどに。
恐ろしい。
「私の魔法を見て、これで国から援助がもらえる、私がいれば生活が楽になる。そんな風に喜んでるシスターたちを見て、二度とパンを作らないって決めた。私の生き方、私の存在理由、私の価値が決まった瞬間だった。パンを焼くことは無意味で無価値になった瞬間でもあった」
窓枠で死んでいた蝶の死骸をつまむ。するとボロボロだった蝶はあっという間に美しく蘇りひらひらと飛ぶ。
「死者を蘇らせることなんて、とっくにできるわ。子供のころからね」
「やはりそうでしたか」
「あら、気がついてたの」
「死者復活の取り組みをしている時の貴女は退屈そうでしたから。本を読んでいるふりをしていた時と同じ顔をしています」
「そう。そうね。そうなのよ、ふふふ。まさか気づいている人がいるとは思わなかったわ、貴方本当に優秀なのね」
優雅に飛んでいた蝶は、突然おかしな動きをするとあっという間に先ほどよりも酷くボロボロになって床に落ちた。羽はちぎれ、足はすべて取れている。虫だからおかしな動きだけで済んだ。しかし、もし声帯がある生き物だったら断末魔の悲鳴をあげていただろう。
「どうして誰も気づかないのでしょうね。麦に早く育ってほしいと願ったら麦が育った。それは成長を急速に促したからだ。天からの恵みか何かで、何の見返りもなくケガや病気が治るはずもない。元に戻っているわけでも復活しているわけでもない。それは、その者が持つ生命力を急速に使い果たしているだけだ」
騎士の言葉に、メリエルはにっこりと笑う。本当に楽しそうだ。
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