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「本当にね。普通気づくと思うんだけど、奇跡を求めて奇跡に酔いしれる連中なんて、ほとんど何も考えてないもの。ひたすら楽をすることを選んで、すべてを私に押し付ける」
窓から風が吹き、蝶の死骸を外へと放り出してしまった。残っているのは、ひとひらの羽。生き物が持つ力を使って”復活”させているのなら、死している者が蘇るのには一体何の力を使っているのか。騎士にはわからない。
”普通”に命が尽きれば肉体が残り、人であれば墓を作ってもらえる。しかし、復活魔法によって尽きる命はおそらく形を変えて何も残らない。摂理に逆らった生き方は摂理にあてはまらない終わりを迎える。
メリエルは微笑む。怒り、悲しみ、憎しみ、絶望をも通り越して、彼女の心は虚無の地にいる。彼女の心は、もう。
メリエルがいつも見つめているのは民でも本でも魔法でもない。そのもっともっと先。誰もが最後は行きつく彼の地。
「私から、唯一本当の私に気づいてくれたあなたへ贈り物よ。今この時をもって国外追放とします。南の国は貿易が盛んで旅人も多く立ち寄るらしいから、そこに行けば何か仕事があるでしょう。用心棒、護衛、いえ、やっぱり医者かしら? 貴方は誰かを助ける、救うことができる人になれると思うわ」
メリエルはふわりと笑う。今まで見てきた、聖女だと言われてきた空々しい笑みではない。温かな、一人の女性の笑顔。その表情に、その言葉に、騎士は一礼する。
「そうですね。パン屋になります。例えどんな人間であっても、空腹が満たされる時が一番幸せですから」
そう言うと、小さな声でありがとう、と聞こえてきた。それには何も返さず部屋を出る。周囲には国外追放されたことを告げるとすぐに荷物をまとめる。騎士団の恥め、と罵声を浴びながら彼は小鳥を肩に乗せたまま国を出た。
振り返り、祖国を見つめる。
彼女の魔法にかかっていない騎士はおそらくほとんどいない。自分を含めて一握りだろう。命を、寿命を大幅に使い果たしている戦士たちはこの後の戦争に勝てるわけがない。そうすると必ず命じるはずだ、死者を復活させて戦えと。
死んだ者を復活させたら一時はしのげる。しかし待っているのはあの散りざまだ。一度目に死んだときとは比べ物にならないほどの死に方をする。
メリエルは。きっと国民たちから捕らえられ処刑される。それをわかってるはずだ。それでも彼女はずっと逃げなかった。すべてを奪った者達へ、最高の復讐を遂げるために。
豊かな大国が一夜にして滅んだ。屈強な兵士たちは何故かあっという間に殺され、民は短命で次々と命を落とす。化け物が跋扈するようになったその地は誰もが避けて通る魔の地とされた。
残された者達はこの元凶となった女を魔女だ、悪魔だと言って痛めつけてから処刑した。生きたまま火あぶりにされ、その遺体は化け物たちが住む地に放り投げられたという。そんな話が、各地方に伝わったのだった。
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