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「じいちゃん、もう店は親父に継いでるんだしゆっくりしたらどうだい。ぎっくり腰治ったばっかりじゃないか。まだちょっと痛いだろ」
孫が心配して声をかけると奥でパンを焼いている父が笑いながら「説得は無理だよ、俺が十年以上言っても聞きゃしねえんだから」と言っている。その言葉を聞いていた祖父が穏やかに微笑みながら言った。
「痛いのは生きてる証拠だ。体が動くうちは作れるだけ作りたいんだ。体力的にもきついから、これしか作らんよ」
「うちの看板商品か。原価ギリギリだから儲けもないけど、みんなそれ目当てで来てくれるし俺も一番好きだ。俺の体はそのパンで出来てるんじゃないかってくらい食べて育ったからね」
「ありがとうな。じいちゃんがパン屋になろうって決めたきっかけのパンだ、腕が動かなくなるまで作るさ」
「はいはい。まあ、無理しないでくれよ。あ、ほら、今年もチルたちが帰って来た」
「ああ、本当だ」
外には長年このパン屋に戻って来ては巣作りをして巣立っていく鳥たちが、今年も戻ってきていた。異国出身の祖父が国から連れてきた鳥だが、もう五十年以上世代交代を繰り返しながら渡って来る。庭に植えてある大きな木にせっせと巣作りを始めている。パン成型の時余った生地を焼いたものをちぎって撒けば、チルたちは啄みにくる。長年繰り返してきたことだ。
大勢の人がパン屋に出入りをする。祖父が作っている一番人気のパンを買っていく、安いので子供も貧しい人も一個は買えるのだ。
看板に書かれている、皆を笑顔にするパンの名は。
『一番人気“Merry bun”はいつでも焼き立てです』
END
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