親友

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親友

 高校の時、かけがえの無い親友がいた。  その男の名前は【藤堂 :奏(かなで)】  何処にでも居そうな平々凡々な自分とは違って、容姿端麗で文武両道の完璧な男。  それだけでも、十分魅力的な男なのに、何処に居ても人を惹き付け、魅了する。魔性と言ってもいい雰囲気を纏った男。  今思い出しても、何故、親友になれたのか疑問に思う程に、誰とっても藤堂 奏は特別な存在だった。  そんな親友と最後に会話したのは、卒業式の日。 『お前泣くなよ。また会えるからさ』 『一緒に写真撮ろ〜!』  と、別れを惜しむ同学年の人波を、奏に手を引かれながら通り抜け、3年間特等席だった屋上に忍び込んだ。  奏が扉を開けると、冷たい風が頬を撫でる。全身を風を感じていると、『しゅうちゃん』と奏が手を離し、子供のように笑う。 『誰も居ないね』  と言いながら、ぐぅっと伸びをすると卒業証書が入った筒を雑にアスファルトに置くと、劣化して亀裂が入ってるアスファルトの上を、奏がまるで踊るように歩いてゆく。  ただ歩くだけで、目を引く美しい男。  何時ものように、その姿をただ眺めているとくるりと、奏が此方を見る。 『しゅうちゃん。聞いて欲しい事があるんだ』  奏が、濡羽色の長い睫毛を瞬かせ、宝石のような琥珀色の瞳が此方を見つめる。  何時ものように話す、その声色は微かに震えていた。 『……オレさ……男が好きなんだよね』  静かな屋上にやけに大きく響く奏の声。  男が好き。そう、奏が言った。  あれ程まで、老若男女誰にでも好かれる奏が、女じゃなくて男が好き。理解しきれない状況に、クラクラとめまいがする。  何も言えないでいると、何時ものようにへにゃりと笑った奏が、形の良い唇を噛み『……あーあ。言っちゃった』と空を見上げた。  一世一代のカミングアウト。  二人きりの屋上が静寂に包まれる。  そんな事を、言われるなんて全く考えてもいなかった。いつも女に囲まれて、満更でもない感じだったじゃないか。それに、彼女だって居たことがあった。  三年間、一度も男が好きなんて素振り見せなかったじゃないか。  :--何で、今言うんだ。よりにもよって、卒業式の日に何で。  喉元まで出かかった言葉は、何かに堰き止められているようで、喉からは空気しか出てこない。  声が出ても、碌な事はきっと言えない。  強くなっていくめまいに、蟀谷を押さえながらひゅうっと息を吸い込む。 『しゅうちゃん?』  心配そうな声が自分を呼ぶ。  聞き慣れた奏の声の筈なのに、まるでノイズが走ったような不快な物にしか思えない。  気持ちが悪い。  ゆっくりと奏に視線を向けると、心配そうな琥珀色の瞳に青白い顔をした自分が映っている。  その姿が、奏の事をどう受け入れていいか分からない自分がまるで化け物のように見えて、言いたくなかった言葉が口をついて出た。 『気持ち悪い』  やけに大きく響いた自分の声。  ハッとして口を押さえても、もう言ってしまった言葉は取り消せない。 『……か……なで……』  と、震える声で名前を呼ぶと、一瞬傷ついたように顔を歪めた奏は、目を閉じ深呼吸すると、何時ものように、人好きのする笑みを浮かべ俺を見た。 『ごめんね。こんな事言われても困るよね』  と、笑いながら言う奏の瞳に、もう自分は映っていない。  何を言っても、もう奏の心は取り返せない。  その時、かけがえのない親友を失った。  
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