第三十九話 人生を賭けた大勝負

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 父親のその一言に、玲旺は押し黙る。  答えに詰まったのではなく、伝えたいことがあり過ぎた。 「基本的には外部に漏れないよう、細心の注意を払うし、しばらくは隠し通す。それと同時進行で、いつ気付かれてもいいように、多様性について少しずつ知ってもらえるような企画ができたらいいなと思ってる。もしマスコミに嗅ぎ付けられたとしても、面白おかしく記事を書くのは躊躇われるような、そんな空気感が世間に浸透していたら理想だな」  玲旺は無意識に、仄暗い笑みを浮かべていた。自分で言いながらも、容易いことではないと理解している。 「本当に理想論だな。そんなに綺麗に事は進まないぞ。このご時世だ。炎上を避けるため、マスコミは表向きは揶揄うようなことはしないだろうが、それでも異端扱いはするだろう」  案の定、父親はその隙を突いてきたが、玲旺は「わかっている」と言葉を遮った。 「異端扱いも上等だよ。ただ、その時のために備えておきたい。フローズンレインは男女兼用の服が多いブランドだ。性的マイノリティを応援するのも、自然な流れだろう。幸いこの業界は、他の職種より当事者が表に出やすい。上辺だけの気取った『LGBTQに理解があります』って企業アピールではなく、真剣に取り組んで土壌を作っていきたいんだ。それは、俺たちの為だけじゃなく」  カミングアウトを正しく言えば「coming out of the closet」になる。今まで身を隠していたクローゼットの中から、外に出ると言う意味だ。  勇気を持って外に出る決断をした人。  覚悟を決めて身を隠し続ける選択をした人。  まだ迷っている人。  その人たちのために、当事者でもある自分が出来る事を模索し続けたい。  わざわざ「同性が好きだ」と宣言なんてしなくても済むように。「彼」や「彼女」と口に出せず、主語をぼかさなくても済むように。  そんな空気が当たり前になったら良いなと願う。 「例えば俺はゲイではないし、バイセクシャルでもない。多分パンセクシャルだと思う。聞いたことないでしょ? LGBTQだけじゃなく、他にも色々あるんだ。普通の人から見たら、ややこしくて理解できない世界だよね。ただ、認めて貰えなくてもいい。嫌悪感を抱く人がいても、それも含めて多様性だと思う。だけどせめて、色んな価値観や性的指向が存在していることを知って貰えたら、世界は少し変わるような気がするんだ」  そこまで勢いよく語った玲旺だったが、一度言葉を区切ると膝の上で指を組み、項垂れるように目線を足元に落とした。 「夢みたいなこと言ってるよね。わかってる」  多少なりとも世間に対し発信力を持つ自分が動けば、何か変わるかもしれない。ただし、「変わった」と実感するまでの道のりは、途方もないものだ。  背を丸めてうつむく玲旺の背中に、久我が優しく手を添える。 「誰か一人にでも届いて、セクシュアルマイノリティについての意識が芽生えたら、それはもう夢物語ではなくて現実の話だ。荒唐無稽なんかじゃない。やれることを、ひとつずつやっていこう」  力強い久我の励ましに、玲旺は丸めていた背を伸ばした。
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