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「いいな、俺も欲しい」
まさか、諸橋さんの冗談に乗っかったのだろうか。
表情を見やると、裏はなさそうにニコニコしている。
野中さんも本社にいた人間で、名前は知っていて仕事上のやり取りも何度かあった。
ただ、諸橋さんほどの接点はなかったので、仲がいいかと問われたらそうでもない。
「ふふ、失礼します」
同じように表情を崩して、その場をあとにした。
「お先に失礼しまーす。お疲れ様でした」
フロアに残っている人たちに挨拶を済ませると、通用口を抜ける。
すっかり暗くなっちゃったな、と空を見上げて白い息を吐いていると、後ろから名前を呼ばれた。
「筑波さん」
振り向くと、野中さんが寒そうに首をすくめて立っていた。
「……お疲れ様です」
軽く頭を下げて歩き始めると、すぐに足音が追いかけてくる。
「ちょっと待って、歩くの速いって。ここは一緒に帰る流れでしょ」
「いえ、申し訳ないですけど、寒いから早く帰りたいんです」
いくらか気心の知れた関係ならまだしも、そこまでの仲ではない人と空気を読んで一緒に帰るなんて、仕事以上に気疲れするような心地がした。
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