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小高い丘の一軒家。赤い三角屋根に、煙突から煙が上がっている。
あっという間の旅を終えた後、しばらくは魔王軍の残党から身を隠すことになってしまった。若干十六歳で隠居生活だ。ツイてない。
そんなある日、丘の上の新居に、意外な人物が訪ねて来る。
「こんなところに居たんですね。ようやく見つかりました。」
僕が通っていた学校の制服を、校則通りに着こなした、ショートヘアの同級生。髪の長さまで校則に従った、この丁寧な喋り口調は。
「し、柴田さん?」
クラス委員長だ。何かと世話をかける。
「授業を長く休んでいらしたので、単位を落とすかもしれないと、担任の先生が。
私が代理で交渉し、補習の内容をまとめた課題を作成して来ましたが…。」
そう言った彼女の鞄の中からは、異世界まで渡り歩いた僕の人生の中でも、見たことの無い量のプリントの束が掴み出される。
「地層?」
にしか見えんのだよ。
「現実逃避しないでください。」
と、クールな切り返しが来る。
「というか、柴田さん、それを渡す為にここまで来てくれたの? どうやって?」
そもそも学校にいた頃は、彼女と言葉を交わす機会すらまともになかったのだ。
HRでも文化祭でも、迷惑をかけるだけかけて、クラス委員の存在など全く意識していなかった。
僕がある日とつぜん、異世界召喚され姿を消したことすら、彼女は気付いていないと思っていたのに。
「僕なんかの為に、どうして危険な真似したんだ。」
僕の言葉に、柴田さんはぎこちなくフレームの細い眼鏡の位置を直した。
少し俯き、表情が隠れる。朱色の差す頬に気がつく。
「…こ、校外での慈善活動については、評価しています。どのような状況下であっても、貴方は助けを求める人を放ってはおかない。あの時も、…。」
何か言いかけた柴田さんの体が、その時ふらりと傾いた。
そのまま崩れ落ちるように、床の上に倒れてしまう。
「わあ!?」
慌てて抱き起こすと、不意に記憶が呼び起こされた。
僕が初めて柴田さんに会った時も、暗記カードを片手に倒れた彼女を、こうして抱き起こしたのだ。
大切な受験の当日に、勉強のしすぎで睡眠不足で倒れた彼女を、保健室に担ぎ込んだ。
僕も彼女も試験には間に合わず。その後、今通っている学校をお互い受験していて、始業式の日に再会したのだ。
「思い…出した…!」
「え? …あ、すみません。」
すぐに立ち上がろうとした柴田さんの体は、まだ足下が確かじゃない様子だ。
「問題ありません。それじゃあ、プリント、届けに来ただけですから。」
そのまま立ち去ろうとする彼女を、僕が許さない。
「ダメじゃないか。頑張りすぎちゃ。」
「あ…。」
この時、ビン底眼鏡の奥にある彼女の輝く星空のような瞳が、確かに僕を捉えたのだった。
「あの時と、同じ…ですね。」
「あの時と、同じだね。」
それから彼女は、家具の少ない簡素な造りの僕の家で、少しだけ休んでいった。
僕の課題を、一緒にやっつけながら。
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