在りし日のかけら

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「ママの長い髪の毛を、切っちゃうの?」 「え?」 女の子の寂しそうな目を見ながら、無謀で最悪だったあのギャル時代の頃を思い出していた。私はお客様の長い髪を切ろうとしていたハサミを一旦ケースにしまい、駆け寄って来た女の子の手を握ってゆっくり話しかけた。 「あのね。 ママのこの長い髪の毛は、『髪で悩んでいる子供たち』にプレゼントをする髪の毛なんだよ」 「髪で悩んでいる子供たち?」 「そう。 大きい病気を治す時に髪の毛が抜けちゃうの。 だからこれからお姉ちゃんがママの大切な髪を優しく優しく切って、その子供たちにママの髪の毛をプレゼントしてあげるの。 わかる?」 いろいろ考えながら下を向いていた女の子は、また顔を上げて、 「わかった! じゃあ、ママの髪を優しく切って、子供たちにプレゼントしてあげてね!」 「うん、お姉ちゃんに任せて」 女の子は大きく笑って、また待ち合いのソファへ走って行った。 それを見ていたお客様は優しく微笑みながら、 「ありがとう。 じゃあ、切ってちょうだい」 「は、はい。 では、切らせていただきます」 それから私は長い毛束にハサミを入れ始めた。少しずつ長い髪が切られていくその音や感触が、胸の奥に響き渡る。 髪はだいたい1ヶ月に1㎝から1.5㎝くらいのびるから、この黒髪は伸ばし始めて2年半くらいにはなるだろう。2年半の間、お客様は一体どんな生活を送ってきたのだろうか? 時には喜び、怒り、悲しみ、笑い。 いや、こんなに綺麗な髪の人なのだから、きっと素敵な生活を送ってきたに違いない。そんなことを思いながら、最後の1束まで心を込めてカットさせていただいた。 「終わりました。 ではこちらの毛束を責任を持って送りますね。 ヘアドネーションのご協力ありがとうございました」 「よろしくお願いします」 それからアシスタントがお客様のシャンプーを終えて席に戻ると、私は濡れた髪をまた改めてカットをしなおした。先ほどのヘアドネーションのカットは少々荒切りだったので、今度は丁寧にカットをさせていただいた。私はボブスタイルのカットが1番好きで自信があるから、絶対にお客様を喜ばせてあげたい。 しばらく夢中になってカットをしていると、私の姿を鏡ごしで見ていたお客様は、 「あのぉ、1つ聞いてもいいですか?」 「はい、なんでしょう?」 「あなたはなぜ美容師になったの?」 私はその言葉にドキッとした。 先ほどヘアドネーションで長い髪を切ったばかりの人に、あの『髪を売る少女』のことや自分でエクステを切り取った話なんて出来るわけがない。質問されてしばらく考えたけれど、なるべくそのことを顔に出さないようにしながら私は小さな嘘をついた。 「小さい頃から憧れていたんです。 お客様のお子様のように、私も小さい頃からよく母に美容室へ連れていってもらいました」 「フフッ、それは美容師さんあるあるね。 じゃあ、うちの子も美容師さんになれるかしら?」 私は迷わず、 「なれます! きっと、素敵な美容師になれると思いますよ!」 と力強く笑顔で答えた。 ボブスタイルの仕上げが終わった。 最後にヘアスタイルを後ろから鏡で見せるとお客様は笑顔で、 「あら、素敵じゃない。 ありがとう!」 「ありがとうございます!」 最後にお客様が喜んでくれるこの一言が、美容師にとってなによりのご褒美だ。 それからお客様は椅子から立ち上がり待合いのソファに近づくと、ずっと待っていた女の子が母親に抱きついてきた。 「うぁ! ママ、かわいい!」 「でしょう! お姉さんに可愛くカットしてもらったのよ」 「わたしもカットする!」 「じゃあ、来年の七五三が終わったらカットしようか」 「うん!」 そんな親子の会話を聞いた後、私は女の子の目線までしゃがんで話をした。 「じゃあ、その時はお姉ちゃんがカットしてあげるね」 「うん、約束ね!」 女の子はドヤ顔でそう言いながら、小さな小指を立てて前へ突き出してきた。私も笑顔で小指と小指を合わせ、女の子と大事な約束を交わした。
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