いついかなるときも

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* * * 「サーシャ、もう日が暮れるよ。帰ろうよ」 「待って、アリオワ。この辺りにありそうなの。見つけてお父様にあげたら、きっと元気になるわ」 このとき、アリオワは十歳、私は八歳になったばかりだった。既に父は病を得ていて、侍医の全てが手をこまぬいていた。 私は病が癒えるという言い伝えのある原石を探して、アリオワだけを連れて皆には内緒で山に入っていた。皆に知られれば止められると分かっていたから、 こっそりと城を抜け出した。 その原石は緑色と黄金色が入り混ざった神秘的なものだという。鉱物資源が豊富なこの国でも珍しく、伝説のように扱われていた。 「サーシャ、これ以上奥に入ると危ないよ。獣だっている。帰り道だってあるんだから」 「分かってるわよ、でも、ここまで来たのよ? 手ぶらでなんて帰りたくないの。それに、この機会を逃したら、もう探せないじゃない」 皆は今ごろ私を必死に探しているだろう。黙って抜け出したのだから。帰ればお説教と今後の厳しい監視が待っている。他に兄弟のいない私だ。国を継ぐのは私しかいない。その私が忽然と姿を消した──今ごろ城は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。 「サーシャ……じゃあ、あと本当に少しだけだよ。待って、今ランタンをつけるから」 「アリオワ、ありがとう! ──ねえ、あの洞窟にはないかしら? いかにもありそうな気がするの」 少し先にある洞窟を指さすと、アリオワは明らかに難色を示した。 「洞窟は危なすぎるよ。中で迷ったら──」 「目印を刻みながら進めばいいわ。嫌ならランタンを渡して。私一人でも行くから」 「サーシャ一人にするだなんて、出来るわけないだろ?」 「ならば一緒に来てよ。二人で探せば二倍はかどるわ」 「サーシャは言い出したら聞かないんだから……ただし、半刻だけだよ? 夜になる前には絶対帰らせるからね」 「分かったわよ、アリオワ大好き。いつだって私の味方になってくれるもの」 「もう……」 二人で入った洞窟には、壁面に線を刻みながら進んだ。この国は鉱物資源が様々あると知っていたけれど、洞窟の内部は想像を遥かに超える色とりどりの鉱物が顔を出していた。アメジスト、パイライト、カルサイト──知らない石もたくさんあった。 「ねえ、ここなら本当にありそうよね。──あ! あそこを見て。何かが光ってる」 「どれ? ──危ない、サーシャ!」 鉱物に気をとられて、私は足元をよく見ていなかった。アリオワが叫ぶのと、私が足を滑らせるのはほぼ同時だった。 「きゃっ……!」 「サーシャ!」 咄嗟にアリオワが私を抱き寄せる。私たちは背中から倒れ込んだ。 なのに、私はあまり衝撃を感じなかった。身じろぎすると、アリオワが私を抱きかかえて、かばってくれたのだと分かった。 「アリオワ! 大丈夫? 怪我はない? ごめんなさい、私……!」 「……大丈夫……ちょっと、背中に何か刺さったけど……」 その言葉に私は血の気が引いた。全力でアリオワを引き起こし、ランタンで背中を確認する。 背中は黒く血が広がっていた。その真ん中に、原因があった。 「なんで……」 それは、緑色と黄金色が入り混ざった神秘的な鉱物だった。水晶のように先が鋭く、背中に刺さっていた。 慌てて引き抜こうとして、けれどためらう。抜いたら傷口から血が溢れ出してしまう。 「アリオワ……見つかったのに、私はどうしたらいいか分からない。アリオワ、歩ける? お城まで帰れそう?」 「見つかった?……もしかして、僕に刺さったのが? ……そっか……」 声を震わせる私に、アリオワは、ひどく柔らかい笑顔を見せた。 「よかった……見つかったんだね」 ──この瞬間からだ。私の心は決まった。自由を求めない、求めれば誰かが犠牲になるから。
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