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息子
母1人、子1人。
「母が自分を育ててくれました」
毎日、夜に面会に来る人がいた。
まだ40歳になったばかりの息子。
「母がずっと働いて、学校に行かせてくれました」
「母が50歳の時に倒れて…」
仕事からの帰りに寄って、顔を見てから帰って行く。
休みの日は、昼食を介助するために訪れる。
こちらがするから、と言っても、
「自分がしたいんです」
「いろいろ迷惑かけたので、罪滅ぼしです」
本人は反応が薄く、でも、息子とわかって嬉しそうだった。
彼女は、ほぼ全介助。
自宅での生活はまず無理。
そして、彼は独身で生活のために働く必要があった。
預けるしか道はなかった。
なのに、罪悪感を持っていた。
仕方ないのに
いい人だな~
幸せになって欲しいな~
なんて余計な気を回していたら、
ある日、息子さんが女性を連れてきた。
結婚するそうだ。
みんなでお祝いの言葉を伝える。
良かったですね、息子さん幸せそう
本人に伝えると、つぶやくように、
「安心した」
珍しく答えてくれた。
結婚したあとも、夜に面会に来る息子。
10年も続いた習慣は変わらなかったが、やがて終わりがやってくる。
本人は息子さんが結婚した年の冬、体調を崩し亡くなった。
息子とお嫁さんに見守られながら。
「結婚したところを見せられて良かった」
息子は、ホッとしたような寂しそうな、複雑な面持ちだった。
彼女が「安心した」と言っていたことを伝えると、彼はちょっと笑って、
「自分には何も言ってくれませんでした」
「それを聞けて良かったです」
「長い間、お世話になりました」
と言って、夫婦ふたりで帰っていった。
その足取りは気のせいか、軽やかに見えた。
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