息子

1/1
前へ
/12ページ
次へ

息子

母1人、子1人。 「母が自分を育ててくれました」 毎日、夜に面会に来る人がいた。 まだ40歳になったばかりの息子。 「母がずっと働いて、学校に行かせてくれました」 「母が50歳の時に倒れて…」 仕事からの帰りに寄って、顔を見てから帰って行く。 休みの日は、昼食を介助するために訪れる。 こちらがするから、と言っても、 「自分がしたいんです」 「いろいろ迷惑かけたので、罪滅ぼしです」 本人は反応が薄く、でも、息子とわかって嬉しそうだった。 彼女は、ほぼ全介助。 自宅での生活はまず無理。 そして、彼は独身で生活のために働く必要があった。 預けるしか道はなかった。 なのに、罪悪感を持っていた。 仕方ないのに いい人だな~ 幸せになって欲しいな~ なんて余計な気を回していたら、 ある日、息子さんが女性を連れてきた。 結婚するそうだ。 みんなでお祝いの言葉を伝える。 良かったですね、息子さん幸せそう 本人に伝えると、つぶやくように、 「安心した」 珍しく答えてくれた。 結婚したあとも、夜に面会に来る息子。 10年も続いた習慣は変わらなかったが、やがて終わりがやってくる。 本人は息子さんが結婚した年の冬、体調を崩し亡くなった。 息子とお嫁さんに見守られながら。 「結婚したところを見せられて良かった」 息子は、ホッとしたような寂しそうな、複雑な面持ちだった。 彼女が「安心した」と言っていたことを伝えると、彼はちょっと笑って、 「自分には何も言ってくれませんでした」 「それを聞けて良かったです」 「長い間、お世話になりました」 と言って、夫婦ふたりで帰っていった。 その足取りは気のせいか、軽やかに見えた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加