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兄弟妹
「俺の弟は偉いんだからぁ」
酔っぱらい、だらしなく横になった彼がいた。
散らかった部屋には、タバコの吸い殻が溢れている灰皿と、ビールの空き缶が転がっている。
「俺が育てたんだ!すごいだろぉ!」
彼がここに来てから一度も見たことはないが、保証人になっている。
弟は立派でも彼はいかんせん、問題児。
外で飲んでは道端で転がって、
「お宅の人が道路に寝てるよ」と、近所のおばあちゃんから連絡がきたり、お金がないのに、商店にツケにして飲み食いしたり、女性にちょっかい出したり、色々だ。
そのくせさみしがり屋で、「他の人から嫌われてる、どうしたら仲良くできるか?」と、若い子に相談したりする。
10回に1回くらい可愛いと思うこともある、が、やはり問題男。
そんな彼が体調不良を訴えたのは、小春日和のある日、
「タンが赤い」
慌てて総合病院へ駆け込んだ。
余命幾ばくもない末期ガンだった。
「痛くもない、大したことはないから退院したい。」
病室で、タバコも酒も取り上げられて不機嫌な彼は、ふて腐れていた。
病気について主治医から説明があったはずだが、理解しているのかしてないのか、したくないのか。
「ちょっと買ってきて~、一生のお願い~」
甘え声で同室の人にタバコをお願いしている彼。
「断っても断っても言ってくるから、やめるよう言ってください!」
同室の付き添いの人から苦情が入る。
ひたすら頭を下げるが、本人はどこ吹く風。
どこまでも問題大人。
年の瀬の忙しい頃、
「弟妹に会いたい、連絡してる?」
彼が聞いてきた。
一番聞いてほしくないことだった。
入院した時には連絡し、もちろん保証人にもなってもらっていた。
その時に弟さんから
「今度は亡くなったときに連絡してください。それ以外はしないで下さい。」
一度お見舞いを、とお願いしても拒絶される。なぜ?と思うが、わかる気もする。
彼とはせいぜい数年の付き合いだ。
切り取られた期間だけの彼をみても、なしかなぁ。
弟さんが来れないことを彼に伝える。
「なんで来れないの?電話してよ!連絡してないんじゃない?俺がかけるから番号教えて!」
連絡先を教えてほしくないとの希望だった為、伝えられず、ますます彼はへそを曲げた。
病室で大きな音を出すわ大声でわめくわ、面会に行く度に同室の方から叱責を頂く。頭を下げては、一人部屋に変更できないか病院と相談する。
結果、できなかった。主にお金の件で。
一人部屋高い。普通払えない。
命短い人に、お金がない。大部屋から変更できないからおとなしくしてほしいとお願いする。
相談できる家族がいないのは自業自得というか、辛いのは分かるが…こちらが困る。
とにかく問題病人。
そうこうしているうちに、
「食欲ない、しんどい」
だんだん元気がなくなってきた。
こちらも実感する。
後少し。
美味しいものを、飲みたいものを飲ませて上げてください。と、主治医からいわれたので、本人に聞いてみた。
「酒」
やっぱりね~
ワンカップを買って彼に渡す。
「死にとうないな」
渡したワンカップを眺めながら呟く。
「弟妹に会いたいな、一生懸命育てたのになぁ」
叶わぬ望みを聞きながら、思い出話しをする。
「両親が早くに亡くなって、中学出てからすぐに働いた。弟も妹もまだ小学生。親戚は誰も面倒見てくれんかった。俺が稼いで面倒みた」
なかなか強者の生活環境、さすがに同情する。
「弟も妹も高校卒業して一人立ちした、俺は頑張った」
うんうん頷きながら、日々短い面会時間を過ごす。
そろそろ梅が咲くかなぁ、鴬がなくかなぁ、見に行こうねと、約束したその日に、彼は眠るように逝った。
葬儀の日にはじめて弟さんと妹さんに会った。
「お世話になりました」
深々と頭を下げる弟さんと妹さん。
とても普通の、彼と違ってすさんだ感じのしない方々だった。
「兄は色々と問題を起こすので、縁を切っていました」
「自分達が小さい時は、ろくに食事も与えてくれず、お腹がすいていない事がないくらいでした」
「兄が食べているものを欲しがると、つばを吐きかけて渡してきました」
「あんな人はみたことがない」
ぽつぽつと妹さんが話す。
何やってんだかなぁ、問題爺。
でも、彼は15歳で弟さんと妹さんの生活を支えた。
切ないなぁ。
その頃の大人達に腹が立つ。
この兄弟妹も、幸せになる権利があったはずなのに、生きるのに必死すぎて、幼すぎて、すれ違ってしまった。
もう少し、優しくできたら良かったなぁ、と思いながら小さくなった彼が入った白い箱を見送った。
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