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紳士な彼?
若くて綺麗な女性を見つめながら、
「君の瞳は素敵だね、吸い込まれてしまいそうだよ。」
「貴女はとても魅力的だね。」
背が高くてスラッとした立ち姿は、とてもかっこいい。
日本人男性とは思えないほど自然に、女性に手をさしのべる姿は紳士的?
ちなみに、今彼が口説いている人は、若い同僚。
もちろん、他の女性も褒める、ほめる。
若くてもそうでなくても。
だから女性にモテる。
結果、女達の間でゴングが鳴る。
彼は元々寡黙な人だったらしい。
奥さんと死に別れ、一人悠々自適で過ごしていた。
それが、ちょっと病気がちになり、一人で生活できなくなってここに来た。
だけど、どうしてこうなった?
20代から80代まで女性と見れば、貴婦人のごとく扱い、さりげなくほめる。
やめて~
「彼は私の彼氏よ!」(!)
「彼は私の夫になる人よ!」(?)
「実は、本命は私なの」(…)
毎日毎日、女性達が訴えに来る。
勘弁して~、巻き込まないで~
確かに良いこともある。
彼女達は、身なりに気を遣い、表情も血色も良く、心なしか雰囲気が華やかになった。
「恋は生きるためのスパイス」とは、よく言ったものだ。
そんな彼が転倒して骨折した。
ベッドから動けなくなった彼は、心も折れたのか喋らなくなった。
毎日お見舞いに来る女性達が、心配そうに話しかけるも無言だった。
食事も点滴も嫌がり、痩せていく彼。
手の施しようもなく、一人静かに彼は旅立った。あっという間の出来事だった。
葬儀は女性達のすすり泣きに包まれて、厳かに執り行われた。
その様子を見ながら、先ほど聞いた話を思いだし、複雑な気持ちになる。
看取った同僚が小さな声で教えてくれた、彼の最後の言葉。
「おかあさん」
彼が小さいときに、生き別れたと聞いている。顔も知らないと…。
ただ、その言葉を聞いたのが彼女達ではなく、同僚で良かった。
あんなに女性に囲まれて、楽しそうにしていても、彼が最後に望んだ女性は一人だけ。
それを気が付かせない彼は、亡くなる時まで紳士な人だった。
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