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 はっと彼女が目を見開いた。その瞳はコバルトブルーではなく、夜空の紫に染まっている。 「……見える」  彼女が呟いた。眼鏡を外して空を見上げる。 「見える、見えるよ! すごい!」  彼女は興奮して、その場で飛び跳ねた。 「……できた」  俺は呆然と彼女を見つめる。彼女と『共有』できた喜びよりも、安堵の方が先に押し寄せてきていた。 「あっ!」  彼女が夜空を指差した。流れ星がいくつも夜空を駆けている。 「流星群! 始まったよ、早くしなきゃ!」  ぱたぱたと忙しなくキャンバスを広げ、彼女は描く準備を始める。 「手伝うよ」  俺もキャンバスに手を伸ばす。  ふと彼女の手に俺の手が触れた。そっと指を絡めると、彼女も俺の手を握り返す。  上目遣いで俺を見上げ、ステラは微笑んだ。 「アルバート、あなたの瞳の色が夜空の色になってるわ。赤色だったのに……あたしの青と混じったのかな」 「たぶん。君の瞳も紫だもの」  雨に濡れた彼女の髪を手櫛で梳かしながら、俺は答えた。 「ふふ、お揃いだ」  花のように笑う彼女を引き寄せて、額に口付けた。唇は少し恥ずかしかったから。 「ありがとう」  照れ臭そうにステラはそう言う。俺は息を吸い込んだ。 「もし、もしよかったらだけど……この絵を描き終わっても、俺に君の目をやらせてもらえないか?」  それは、俺にとってのプロポーズと同義だった。彼女の目になりたい。俺が彼女をこれから先も支えたい。  彼女の返事を待ち、俺はぎゅっと目を閉じた。 「……いいの?」  小さな、それでいて弾んだ声が俺の鼓膜を震わせる。目を開けて、俺は大きく頷いた。 「嬉しい、ありがとう」  するりと彼女は俺の首に腕を回し、頬に口付けた。ただでさえ熱い顔が、さらに熱を持つ。  悪戯っぽく笑い、彼女はパッと離れた。 「さ、描かないと! せっかくここまで来たんだから、大作を完成させないとね」  俺も頷いて、夜空を見上げた。  すい、と音もなくいくつもの星が濃紺の空を流れていた。
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