文学的帰納法

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「『受賞するにはもう少しだけインパクトが足りない』らしいです」  むっ、と顔のパーツを中心に寄せながら、水色のクリアファイルをカバンにしまう浅芽(あさめ)優香(ゆうか)。 「よかったじゃん。あとちょっとなんだろ」  今にも崩れそうな笑みを顔に貼り付けて、無難な言葉を返す。 「でもでも、わたしっていつもそうじゃないですか!」  口を尖らせた浅芽が、勢いよくカバンのファスナーを閉める。  キュイッ、というやや耳障りな音が、静かな室内に響き渡った。 「前回は『ストーリーにもう一捻り欲しい』、その前は『ヒロインをあと一歩個性的な人物に』。もう、惜しいところまで行って受賞を逃すのはこりごりなんです!」  たぶん悪気なく発したのであろう言葉。  だけどそれは、彼女より実績の乏しい部員——例えば俺——に向けられた場合には、いわゆる「自虐風自慢」と受け取られても仕方ない発言だった。  俺は別に、これくらいでカッとなったりはしないけれども。 「俺からすれば、一年生の時点でそんな選評もらえる作品が書けてるだけで、すげーよ」 「いやいや、先輩だってすごいです! 先輩が応募したコメディー小説、私は結構好きですよ!」  だから、あれはホラーのつもりで書いたって言ってんだろ。  ……と訂正したい衝動に駆られたけれども、すんでのところで唇を固く閉じる。  ひとたび作者の手を離れたテキストは、読み手にどう受け取られるかが全てだ。どっかの偉い人がそんなこと言ってたような気がする。 「今日は人少なかったですね! 私もこれから家の用事あるので、お先に失礼します! お疲れ様でした!」  軽く頭を下げた浅芽が、ちょこちょこした歩幅で出口へ向かい、扉を開けて廊下へと消えた。  下校時刻近くの寂れた部室。  グラウンドの野球部の声もとっくに止んでいて、空調の無機質な音だけが漂っている。
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