文学的帰納法

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 ※ ※ ※  それから三十分後、帰宅した俺は、なによりも先に「審査」に取り掛かった。  この作業が終われば文芸部ともお別れだ。早く片付けて解放感に浸ろう。  そんな気だるさとともに始めた作業だったが、いざ部員の作品を読み始めると、いつのまにか没頭してしまっていた。  落選作品と言っても、やはりさすがうちの文芸部だ。どの小説もみなそれぞれに魅力がある。俺の作品を除けば。  あっという間に一通り読み終えた俺は、早速採点に取り掛かった。  まず、浅芽の作品は、深く考えるまでもなく《もう少しで賞》に決まった。  ストーリー、キャラクター、心情描写。どれをとっても圧巻だ。なにが足りなくてコンテストで落選したのか、俺には全くわからない。  ほとんどの項目に最高点の「五点」をつけ、タイトル横に《もう少しで賞》の意味で二重丸を書いた。    次に高得点なのは、部長である森本(もりもと)の作品。浅芽ほど文体にセンスが見られるわけではないが、緻密に設計された世界観が圧巻だ。  俺がつけた合計点は、浅芽の作品から三点差となった。  ということで、茂木先生に言いつけられたルールにより、この作品も《もう少しで賞》の仲間入りだ。  その次は、副部長である山田(やまだ)の作品。森本の小説に比べれば設定がやや雑なのは否めないが、起伏のつけ方が巧みで、冒頭からラストまで一気に読まされた。  俺がつけた合計得点は、森本の作品から二点差となった。  かくして山田の作品も、浅芽と森本の小説に続いて《もう少しで賞》を取ることとなった。  ※ ※ ※  それから三十分後、気がつけば、十本中八本の作品が《もう少しで賞》と判断されていた。  九番目となった一年生の木村(きむら)の作品は、俺が言えたことではないが、文章がやや回りくどく読みづらい部分がある。また、ところどころ作者の趣味を詰め込みすぎているきらいがあり、読者からすればやや退屈なシーンが見られた。  ほとんどの項目に「一点」をつけたが、ただひとつ、脇役である美少女のキャラが非常に立っていて印象的だ。それこそ、主人公とメインヒロインを食ってしまうくらいに。  キャラクターの項目にだけ四点をつけて合計点を計算する。  驚くべきことに、八番目の作品との合計点数の差は、三点。  こうして、木村の作品も含め、十本中九本の作品が《もう少しで賞》を取ることとなった。  奇妙な感情を覚えながら、最後に残った十本目の原稿を手繰り寄せた。
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