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シャンパンの祝砲がひとしきり鳴り響き、軽い音楽が滑り出す。
彼はできるだけ目立たないよう、さりげなく眼鏡を縁なしに替えた。
髪もわざと乱れ気味に手櫛を入れる。
あまりフォーマルな雰囲気はかえって目立つ、そんな空気だった。
今夜の背広はいつもと違う、シルクの上下は光の加減によってはマットに、ある時はつややかに見えた。
白いワイシャツも、ダークグリーンの細いネクタイも、襟に挿した濃赤色のバラの蕾も、照明によってはまるで濡れているかのように輝いている。
そんな服装でも、今夜は特に恥ずかしいということはない。
なんと言ってもこれは著名人たちの集うパーティー、しかもクリスマスパーティーなのだから。
サンライズ・リーダーはともすれば浮つきそうになる頭の中で、自分の役柄を何度も復唱する。
根が小心者の彼、自分が演技しているということを一生懸命忘れようとつとめていた。
彼はステージの方を余裕の表情で眺めやりながら、自らに言い聞かせる。
――さあおさらいするんだ、おっさん。
一介のドアマンが、ホテルのオーナーに見出されフロア・マネージャーにまで昇格した。今度、系列のエスニック・レストラン経営を一手に任されることとなった。まずは手始めにもらう店が3軒。席はどれも88。渋谷、新宿、そして東京郊外の新しい町に。
―― だが実際……オレは単に泥棒に入っているだけだ。
この、横浜保土ヶ谷にほど近い海浜地区。ヤツの日本での拠点に。
ああ、またヤなこと思い出してしまった。
つい襲ってきた悪寒をいっしゅんやりすごして、また姿勢を正す。
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