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パーティーは盛況だった。
天井の高い、広々としたホールは人々のざわめきと滑らかな生演奏の響きに満ちていた。
オードブルも美味い(次の作業も控えているので、酒は手に取ってはさりげなくテーブルの隅に置き去りにしていた)。かりっと焼けたトーストの上に、黒い粒つぶ、紅い粒つぶ、ベージュのまったりなど、銀のトレイに所狭しと並んでいる。
オードブルだけでなく、テーブルに並ぶ料理も、まず目をみはる程美しい。
そして何よりも集う人々の豪華絢爛なこと。
香港の五つ星ホテル『オリエンタル・ベイ』のオーナー夫妻、レイモンド&ダッジ銀行日本支社の頭取と副頭取、芸能に疎いサンライズですら知っているような人気テレビタレント、政界、財界、スポーツの世界から芸能界までありとあらゆる輝きの中から人々がこのフロアに舞い降りたかのようだ。
そして今夜のホストが、大物中の大物――『光明』グループ総帥のマオ・ライ大人だった。
香港でまずしい大家族に生まれた彼は、苦学の末イギリス、アメリカを転々として、始めは皿洗い、次にフロア清掃、配車担当、とホテル業務のさまざまを経験し、オーナーに目を止めてもらってからはフロント業務、マネージャーと昇格し、ついにはホテルの経営すべてを任されるまでになった。
今では、世界各国の主な観光地に五つ星ホテルを持つ。押しも押されぬ「時の人」だ。
そんな彼らのグループが、しばらく前から日本にも進出し始めた。
手始めは横浜の埋め立てエリア。
ここがいずれは産業の中心地になると見込んでのことだ。
昔から日本びいきだった彼は、プロトタイプのホテルを一つ、自らが買い取った広大な敷地内にある港の正面に建て、すぐ後ろには林を背負う丘陵地帯に沿って、来賓用の長期滞在用コテージまで何軒か建てていた。港の周辺には商業施設も充実させ、そこはまさに一大テーマパークの様相だった。
パーティーはホテルの三階、大宴会場で開かれている。
17時から、深夜0時半までの予定だ。サンライズ、ちらっと時計をみた。
17時55分。
ミッション開始は、もうすぐだった。
サンライズはまわりの雰囲気にわが身を溶け込ませながら、さりげなく件の男の様子をうかがう。
マオ・ライ大人は堂々とした立ち姿で、あまたの取り巻きに囲まれていた。
着ているスーツは、ミラノのなんとかというブランドのオーダーメイド(詳細資料に書いてあったが、元よりサンライズが知るはずがない。ちなみに彼が着せられているのも有名なブランドらしいが、スーツは二万円まで、という男にはあまり関係がない話だった)、身長は180以上あるだろうが、体重も多分それ近くまであるだろう。
なのに、ブヨブヨした感じではなく、どことなく筋肉質にしまって見える。
巨大な肩の上に乗った顔は、東洋人というよりはどことなく南欧系のようだ。
ボーイからカクテルを受け取って、無造作に一口で飲み干して空のグラスをすぐさま返している様子からみて、かなりの酒豪のようだ。
まわりを取り囲む華やかな連中と談笑しながらも、彼自身が楽しげに笑うということはめったにない。周りがどんどん盛り上がる中で、彼はますます冷静に、落ち着き払ってみえた。
太い眉の下からのぞく白目がちの眼が、時々鋭くあちこちを向く。
まるで油断ができない。
何度か、サンライズも自分がにらまれたような気がして、思わず身をすくめた。
何度でも言うが(大声で、しかし心の中で)。
本来なら、今夜は非番のはずだったのだ。
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