ギルフォードに愛を

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 背筋のピン、と伸びたウェイターがやってきて、失礼しますと小さく会釈をした。二人の目の前に甘いパンケーキの皿が運ばれてくる。いつの間にか彼が注文してくれていたらしい。ふわふわのパンケーキの上には生クリーム、それからジャムがたっぷりかかっている。僕のオススメなんだ、と彼は笑った。 「恋愛は、ホラーと違って……人の本能よりも、個性に左右されやすい。外見の好み、性格の好みなんてその最たるものじゃないか。長い髪の男性は不潔で穢らわしいと感じる女性と、お洒落でセンスがあると感じる女性がいるだろう?きっと突き詰めていけばもっと多くの種類の感想があるはずだが、ぱっと今僕が思いついただけでも真逆の答えがあるんだ。つまり、万人が“ときめく”ような描写なんかある筈がないんだよ。一部の誰かには刺さるが、別の誰かには同じものが嫌悪の対象かもしれないし、無関心なものかもしれない。……誰かに売れたくて作家をやっていたわけじゃないから、僕が一人で楽しむだけの同人誌なら別にそれでも良かったんだがね」  ケーキをナイフで切り分け、フォークで口に運ぶ。ジャムの酸味と生クリームの甘み、そしてパンケーキに染み込んだバターのちょっとした塩味が実にバランスよくマッチしている。ただでさえ出来たてというのは美味しいのに、なるほどこれは絶品かもしれない。彼がオススメだ、と胸を張るのもわかる気がする。 「なるほど」  一口飲み込んだところで、私は彼の言葉を引き継いだ。 「つまりあれですか。大多数に売れるもの、を求められるから嫌だった、と」 「そうとも。そりゃ、僕は植木賞を取った作家だけどね。だからって、何を書いても売れると思うほど傲慢じゃあないんだ。僕はただ自分が書きたいものを書きたいだけ。なんで、“一般民衆受けするような恋愛モノを書いてください。売れるようにしてください”なんてとんでもなくハードルが高いオーダーを受けなくちゃいけない?ただでさえ僕自身、己が偏屈で考え方の大半が少数派のそれだと自負しているのに」 「ふふっ、確かに……向いてなさそう」  ケーキは美味しい。そして、彼の話は面白い。ついつい時間を忘れて聞き入ってしまうほどに。  あっという間にパンケーキはなくなってしまって、手元はコーヒーだけになってしまった。私は猫舌ではないし、ブラックコーヒーも好きだ。これもすぐに飲み干してしまうだろう。  ゆえに私はベルを鳴らし、ウェイターを呼ぶのである。 「すみません、このチョコパフェ下さい」  本当は、甘いものなんてそんなに好きではないはずなのに。
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