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「君はこう思っているのだろうね。自分だって、小説家なんて人と結婚したのに、何故無名というたけでミュージシャンと結婚したい自分を拒むのかと。貴女は良くて何故自分は駄目なのかと。しかし、君のそれは盛大な誤解というものだよ。僕は君のお母さんではないので、想像することしか出来ないが」
「それは、どういう……」
「むしろ僕と結婚したからこそ反対しているのだろうさ。なんせ僕は、作品を作ることにばかり情熱を燃やすあまり、不摂生をして早くに病死したものだからね。芸術家とはそういうものだと、君のお母さんこそよく知っているのだろうとも。無名か有名かは関係無い。どれほど愛を注いでも、夫から己に向けられる愛が作品への愛を上回らない可能性を痛いほどよく分かっている。それこそ、家族の未来さえ鑑みず命を削る愚行も平気で犯し、自負があれども止まれない。それが僕らの常だとも」
ゆえに、と彼は続ける。
「それでもその人の側にいる価値があると思えないなら、誰かの承認が無ければ揺らぐ程度の愛ならばやめた方がいいのだ。君は、自分が一番に愛されないことに耐えうる覚悟があるかい?恋愛と芸術への愛は同列でないと思うかもしれないが、残念なことに両立できるほど器用な男ばかりではない。ああ、女でもそのようなことはあるかもしれないが」
「……っ」
考えたことも、なかった。私は呆然と俯くしかない。確かにあの人は音楽のために全てを注ぎたいと言っていて、自分はそれを支えることで愛を証明したいと思ってはいたけれど。
愛しても、愛しても。それが報われないかもしれないなんて。あの人の本当の恋人が“音楽”のままであるかもしれないなんて。そこまでのことを、想像したことはなかったから。
「そして、僕が父として一つだけ言うのであれば」
迷う私の顔をただただ真っ直ぐ見つめて、彼は言うのだ。
「彼がどのような人間かなど関係なく、君と結婚して彼がどれ程助かるかもまた僕には関係がない。何度も言うように、僕は最初から相手ではなく、君の話だけをしている。君が、幸せになれるかどうか。彼が君を幸せにしてくれるかどうか。その一言に全ては尽きる」
「お父さ、ん」
「彼を支えたいなんて話はどうでもいい。彼はどうなんだ?君を幸せにしてくれるのかい。そして君は、芸術を己よりも愛するかもしれぬ彼とともにいてそれでも幸せであれるのかい?……そう本気で思うのなら、それこそ君のお母さんが承認しようがしまいが関係ない。全力で貫きたまえ、その意志を」
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