大江守

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大江守

左手で持ったカフェオレを飲んだ後、右手で持ったクリームパンを1口頬張る。秋空の快晴の下、目の前の川は光をキラキラと反射させながらサラサラと流れる。長閑(のどか)で穏やかな実際の景色とは裏腹に、俺の心の中の景色は、曇天でドブに汚水が流れているかのように、くすんだ色だった。 俺、大江守(おおえまもる)は先月50歳になった。結婚もせず、定職にも就かず、その日さえ楽しければ良いと、製品を検査する工場で契約社員として安月給ながらダラダラとした日々を送っていた。だが先月、契約を更新出来ないと告げられ、今日からは仕事が見つかるまで休みだ。不況だから仕方無いとは言え、これからの生活を考えると辛い。 ゴオオオオ…… 俺は音の聞こえる方へ顔を向ける。桃山台橋というそこそこ新しい橋からの騒音のようだ。 普段は気にならなかったが、車の騒音というのは想像以上にうるさい。利益だけを求め、地球の未来を考えずに作られた結果だろう。車会社の上層部が贅沢な暮らしよりも環境の事を考えられるのであれば、現在の技術なら無音で排気ガスの出ない車ばかりを作れるというのに……。 俺は、自分の浅はかさを棚に上げ、日本経済への不満を感じながら当てもなく川沿いを歩いていた。 「ホームレスか……」 桃山台橋の下には段ボールやビニールシートで作られた小屋があった。橋の下は雨風を凌げてホームレスが暮らすには最適だ。恐らく、俺と同じような環境の人が住んでいるのだろう。俺も何年か後には、このようになってしまうのだろうかと歩み寄る。 「うう……」 白髪のホームレスがうつ伏せに寝ていたのだが、何か様子がおかしい。 「爺さん、どうした?」 俺は近付き声を掛けた。 「うう……」 調子が悪いのだろうか? 病気か? もしかして食糧? 「爺さん、カフェオレ飲むか?」 俺が飲みかけのカフェオレのパックを近付けると爺さんは頷いた。背中を支えて起こしてあげると、爺さんはストローを咥えゴクゴクと飲み始めた。 「プハー」 「クリームパンも食うか?」 爺さんが一気に飲み干したタイミングでクリームパンを差し出すと、爺さんは「ありがとう」と言って食べ始めた。 「どうした? もう金が無いのか?」 俺が聞くと爺さんはモグモグしながら答える。 「まあ金も無いんじゃが、それより左足を骨折したみたいなんじゃ」 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「……という事があったんだよ」 「なるほどね」 「何か不憫でさ……。金が無いってだけでこんな思いをしなきゃならないなんてな」 俺は電話で中学時代から友人の中野に愚痴を話していた。久々に連絡が入ったので少し驚いている。彼もまた独身で、定職に就かずアルバイトで生計を立てているようだ。彼は友達が少ない。1番の理由はブツブツとネガティブな独り言を言う事だろう。 「大江……金になる話があるんだけど聞くか?」 中野は急に話を変えた。まあ、金の話をしていたので、急に変わった訳でも無いのかも知れないが、明らかにトーンが変わった。今日、電話を掛けてきた理由はこれだったのだろう。恐らく、俺の話なんて上の空だったという事だ。 俺は、ネズミ講とかマルチ商法とかいうヤツの話をされるのだろうと思い、ふ~っと溜め息をついた。中野は話を続ける。 「ある小学校低学年の男の子がいるんだが、この子を誘拐しようと思う」 先程、頭を(よぎ)ったモノより罪の重い犯罪ながら、現実味がありそうなので俺は興味を持った。 「その子の親が金持ちって事か?」 「ああ。コスモグループの御曹司だ」 「なるほど……」 コスモグループとはパチンコをはじめとする遊戯施設を小規模ながら経営している会社で、今後、全国的に展開出来る程利益を出しているという話だ。 「どうだ?」 「分かった、ちょっと考えさせてくれ」 「了解」 俺は電話を切り、検討する事にした。
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