誘拐

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誘拐

翌日、俺は中野を呼び出し、一緒に河原を歩きながら誘拐の作戦を話していた。 「どういう事だ? そのホームレスは信用できるのか?」 「信用も何も足を骨折して歩けないでいるんだ。俺達に協力せざるを得ない」 中野を説得すると、俺達はホームレス爺さんのいる桃山台橋の下へ向かった。 「爺さん、弁当買ってきてやったぞ」 「おお、すまんな」 爺さんはズリズリと体を引きずりながら段ボール小屋から出てきた。俺は「こっちは缶詰と飲み物だ」と言ってビニール袋を爺さんの出てきた入口に置いた。 俺達は小屋の前のビニールシートに座り、買ってきたカツ丼とペットボトルのお茶を3セット置いた。 俺が「まあ、食おうぜ」と言うと、爺さんは中野の事に触れもせず、自分の分の弁当とお茶を確保し、割り箸を割ってカツ丼を食べ始めた。 中野は何でこんな知らない爺さんと弁当を食わなきゃいけないんだという雰囲気を出しながらも、黙ってカツ丼を食べ始めた。俺は爺さんに話し掛ける。 「爺さん、ちょっと大金を隠し持っていて欲しいんだ」 「ん?」 爺さんはカツ丼を食べる箸を止め、モグモグしながら話す。 「誰かに奪われても責任は取らんぞ?」 「ああ、構わない。もし成功したら毎日飯を持ってきてやるよ」 爺さんは俺の目をじっと見つめた後、「なるほど……分かったよ」と告げて、残りのカツ丼を食べ始めた。恐らく、良からぬ事をしようという雰囲気は伝わった筈だが、責任を最小限にする為か、爺さんはそれ以上何も聞いてこなかった。 中野が既にカツ丼を食べ終わり、お茶をちびちびと飲んでいるのを見て、俺は残りのカツ丼をかき込んだ。まだ半分ぐらいしかカツ丼を食べていない爺さんに言う。 「じゃあ今度は突然来るけど、何が起きても驚かずに金を隠し持っていてくれ」 爺さんは無言で頷いた。 俺達が爺さんの段ボール小屋から離れると、中野は俺に話し掛けるでもなく、ブツブツと独り言を言い始めた。 「……犯罪ってのは仲間が増えれば増える程、裏切りのリスクが伴うというのに、あんな会ったばっかりの爺さんを信用して大丈夫か? それに……」 「大丈夫か、も何も、足を骨折していて動けないんだから金の持ち逃げなんか無理だろう? それに、今回の作戦は、あの爺さんがいないと成立しない」 俺は中野の独り言に割って入った。中野は独り言を止め、俺を見て話す。 「そろそろ作戦を教えてくれよ」 「そうだな、車の中で話すか」 俺達は中野の軽自動車に乗り込んだ。タバコの臭いと独身男性特有のモワァッとした独特な臭いが鼻を刺すが、10秒も経てば気にならなくなる。 そして、今回の誘拐の肝となる、ホームレスの爺さんの使い道が、身代金の隠し場所として最適だと言う事と、その後の作戦を俺は中野に告げた。
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