御曹司

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御曹司

翌日、俺達はサングラスにマスクという、変装とは言えないレベルで顔を隠し、御曹司の下校を待つ。緊張感が漂う中、中野はブツブツ独り言を言っている。早口で何を言っているかは聞き取れないが、心を落ち着かせる方法なのだろう。 「来たぞ」と中野が小声で言ったので、俺は視界に入った小学校低学年に見える3人男子のうちの誰かがターゲットなのだと理解した。中野はターゲットの小学生が1人になったのを確認すると、「行くぞ!」と一気に軽四を発進させた。 ドクドクと鼓動が急に速くなる。子供をさらうだけだと言っても、大声で叫ばれるとややこしい。 『右手で口を塞いで車へ担ぎ込む』 俺は頭の中でシミュレーションした。 急ブレーキでターゲットの隣へ車が停車すると、俺は勢い良くドアを開け、少年の口を塞いで「騒ぐと殺すぞ」と言い放ち、抱き抱えるように軽四の中へ連れ込むとドアを閉めた。 中野はそれを確認すると車を急発進させた。俺は少年の口から手を離して言う。 「大人しくしてたら何もしないから」 子供は無言で2度、ウンウンと頷いた。少年があまりにも聞き分けが良く、泣き叫びもしない事に俺は違和感を覚えたが続けて話す。 「スマホ持ってるかい?」 「うん」 子供はランドセルを降ろし、教科書やノートの中から何かを探している。 まさか、拳銃やスタンガンを持たせてないだろうな? 俺達は今日、犯罪者の仲間入りをした訳だが、大金を手に入れるという至極普通の目的がある。だが、理解しがたい理由で殺人を行なう犯罪者もいる。その気持ちが分からないのと同じで、大金持ちの考えなど俺に分かる訳がない。想像し難い物が出てくるのではないかと俺は身構えた。 「はい」と少年が俺に渡してきたのはスマホ……と茶封筒だった。俺が「これは?」と聞くと、少年が答える。 「お父さんが誘拐されたら犯人に渡せって」 さすがは大金持ちだ。子供が誘拐される事を予想して先に手を打っているとは……。俺は少し感心しながら茶封筒の封を切り、中身を確認する。 『身代金1億円であれば直ぐに用意できる。警察にも連絡はせず、何も無かった事にするので子供を安全に返して欲しい。お互いにとって良い案だと思うがいかがだろうか? それ以上の額になると警察へ連絡せざるを得ない。』 俺は中野にも分かるよう読み上げた。中野は運転をしながら話す。 「良い条件なんじゃないか? 元々、身代金は1億円の予定だっただろ?」 そう、俺達の作戦は1人で走って逃げられる重さでないと実行出来ない。その点で1億円程度が妥当だろうという結論に達していた。 中野は適当な場所に停車させると少年にスマホから父親へ電話するよう指示した。少年は電話を掛ける。 「お父さん……うん……うん……変わるね」 少年が俺達のどちらにスマホを渡すか迷っていると、中野は素早く取り上げ、ハンズフリーにして話す。 「もしもし、聡明なあんたなら俺達が誰か分かるよな?」 「ああ、手紙は読んでくれたかい?」 社長は子供を誘拐されたというのに冷静だ。想定内という感じなのだろうか? 「ああ、読んだ。あんたの作戦に乗ってやるよ。1億円を直ぐ用意出来るんだな」 「今、会社なので自宅に戻るから30分程時間をくれ。約束通り、警察には連絡しない」 「分かった。30分後に電話する。だが、次は非通知で別のスマホから掛ける。このスマホはGPSが付いているだろうからな」 「分かった」 中野は電話を切り、自分のスマホに社長の番号を登録する。俺も念の為に番号を登録した。 中野は俺が登録を終えたのを確認すると、車の外に出て、近くにある自動販売機の上に少年のスマホをソッと置き、戻ってきた。 「よし、行こう」 中野は車を発進させた。行き先は爺さんのいる段ボール小屋だ。 俺は少年に「手を縛らせて貰うよ」と優しく言い、タオルで少年の両手を縛った。その後も少年は(わめ)いたりせず静かにしている。俺達誘拐犯からすればありがたい限りだが、小学校低学年でこの落ち着きは異常だ。金持ちの子供特有の何かがあるのだろうか? 手紙を予め準備済みだった事もあるし、誘拐された時のシミュレーションとして何度か予行演習を行なっているのかも知れない。
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