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秘策
中野が桃山台橋の近くに車を止めたので、俺は「頼むぞ」と言うと中野は「任せろ」と強く言った。俺が車を降りると中野は車を発進させ、俺は少しの間、離れていくボロボロの軽四を眺めていた。
意外と頼りになる。こんなにも堂々と行動できるヤツだと思っていなかった。誘拐をしようなんて大胆な事を言うだけの事はある。
俺は、そんな事を考えながら爺さんの段ボール小屋へと向かった。
俺が「爺さん」と呼ぶと、匍匐前進のようにして中から顔を出した。
「金を持ってきたのか?」
「いや、今からだ。多分、1時間後ぐらいになる。何か欲しい物はあるか?」
「そうだな……お茶とカツ丼かな」
「分かった」
俺はコンビニへ2人分のカツ丼とお茶を買いに行き、2人で仲良く食べながら今からの行動を説明した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドサッ!
大きな物音がしたので、俺は身代金が落とされたと気付き、素早く拾いに向かう。小さめのジュラルミンケース……。1万円札をパンパンに詰め込んだら1億円ぐらいになりそうだ。俺はジュラルミンケースを拾い上げると段ボール小屋の入口へ走り、中身を確認する。暗い場所なのでハッキリと本物かどうかなんて確認できないが、何と言うか、大金が神々しさで光を発しているような錯覚を覚えた。
そして、中身を全て小屋の中にバラ蒔き、ジュラルミンケースだけを持って、爺さんに「頼んだ」とだけ言い残し、身代金が落ちてきたのと反対側へ走り出した。
これが俺の考えた作戦だ。今回、社長は警察には言わないと言っているが、普通、誘拐されれば警察へ連絡するだろう。その場合、桃山台橋から落とした身代金の行方を追う事になるが、ジュラルミンケースを持って逃げるヤツがいれば、当然それを追う事になる。その役が俺なのだが、当然、中身は入っていない。この空のジュラルミンケースをどこかに隠しておけば、俺が捕まった時に警察から隠し場所を吐かされる事になる。そして、演技で仕方なく感を出しながら告げた場所にはジュラルミンケースしか残っていない為、誰かに中身を奪われたと言い張れる訳だ。
俺は必死で走った。とにかく、直ぐに捕まってしまえば話にならない。河原から土手を登り、道路を横断して100メートル程行った所に小さな廃工場がある。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は周りに誰もいない事を確認し、ジュラルミンケースを廃工場に隠した。そして、更に走りながら俺は考える。
実際のところは分からないが、社長は本当に警察へ連絡していないような気がする。コスモグループのような大会社の社長ともなると、1億円程度は大した金額じゃないのかも知れない。そうなると、今、必死で走っている事に意味が無くなるのだが、警察へ連絡している可能性もあるし、折角考えた作戦を使わず捕まってしまうと悔やんでも悔やみきれない。
俺は息を整える為に速度を落とす。そろそろ、周りの人から見られても不審者だと思われないように振る舞わなければならない。
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