身代金誘拐成功の秘策

演技？

どれだけ遠回りをしたのだろうか。俺は4キロ程歩いて自分のアパートにたどり着くと、玄関で膝をついて倒れ込んだ。犯行の緊張と、成功による安堵と、10年振りぐらいのマラソン大会で疲労がピークだ。
中野の方は間違いなく上手くやってくれた。社長を桃山台橋の上に誘導し、身代金の入ったジュラルミンケースを落とすのを確認した後、桃山台駅で人質の少年を解放する。後半は難しくもないし、身代金を橋の上から落とさせたので、成功で間違いないだろう。
身代金の回収は、明日の昼12時に中野が行く事になっている。顔バレしている俺が行く事によって、警察に捕まるリスクを下げる為だ。この作戦のネックは間違いなく中野の裏切りだろう。中野が1億円を回収して逃げてしまうという事。だが、中野はそんな事はしない。親友という訳じゃないが、あいつの性格はよく知っている。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

昼の12時になったのに中野から電話が掛かってこない……。12時5分……10分……。

まさか……。

俺は自分から電話を掛けた。コールが幾度と鳴るが中野は電話に出てくれない。いてもたってもいられなくなり、俺は自分の家を飛び出した。
その瞬間！ 右手首を力強く掴まれた。
俺の脳裏には、警察の2文字が浮かんだ。俺はゆっくりとその人物の足元を見る。やっぱり……警察の制服だ。俺は観念して恐る恐る彼の顔を見る。
その顔は、警察の帽子を被ったホームレスの爺さんだったのだ！

「はあっ！ はぁ……はぁ……」
俺が目を覚ますと見慣れた自分の部屋のベッドの布団が目に入った。

夢か……。

相当追い込まれている……。色々なストレスで訳の分からない夢を見るなんて……。やはり、俺は犯罪など出来る器じゃ無かった……。

俺は、眠さが残っているものの、2度寝をする事も出来ず仕方無く起きた後、色々な事が頭を駆け巡り、何をするのも手につかない状態だ。

社長は警察に連絡していないだろうか？
犯行にミスは無かっただろうか？
中野は裏切らないだろうか？

12時に中々ならない。電話が鳴るのが待ち遠しい。こんな気分は若い頃付き合っていた彼女からの連絡を待っていた時以来の感覚だ。

遂にスマホが鳴った！ ディスプレイには中野と表示されている。成功していてくれと願いながら、俺は電話に出た。
「もしもし？」
「大江！ 大変だ！ ホームレスのヤツ、金を持って逃げやがった！」
「え？」
「ヤッパリあんなヤツ信用したのがダメだったんだ！」
「待ってくれ。落ち着いて説明してくれ」
「桃山台橋の下に行ったらもぬけの殻だったんだよ！」
「いやいや……骨折しているから動けないだろ？」
「演技だったんだよ！ 取り敢えず、お前の家に向かっているから！」
中野は電話を切った。

どういう事だ？ 骨折が演技で、爺さんは動けない振りをして、金を持ち逃げしたって事なのか？ いや、そんな事はあり得ない……。身代金誘拐をするって伝えてからなら骨折の演技で嘘をつく意味もあるが、俺達の最初の出会いはどうなる？ まてよ？ 最初は食べ物を恵んで貰うだけの嘘だったのに、1億円の嘘になったという事か？ やられた！！