しにがみの贈り物

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陽子はいつのまにか花畑の中にいた。咲きあふれる鮮やかな花に囲まれながら、ガーデンチェアで紅茶を飲んでいた。 あらあら、どうしましょう。孫に語りかけるときと同じ調子で自分に言い聞かせて、頬に手を当てる。しわの数が減っていた。鏡が見たいわと思うと、テーブルの上に手鏡が現れる。鏡を覗き込んだところ六十代の頃の自分がいた。 「こういうときって普通、もっと若い頃に戻ると思ってたのだけど」 「だって、あなたの笑顔が一番多かったのはその時期なんですよ。旦那さんとの時間を大切にして、お子さんやお孫さんたちにも好かれて、自分の趣味も大切にして。楽しいことづくめだったでしょう」 落ち着いた声音に振り返ると、首元に蝶ネクタイを結んだ黒髪の男が立っていた。空になったティーカップに紅茶をそそいでくれた男に対して、陽子は「ありがとう」と素直に礼を言う。 「あなたは誰かしら。天使と悪魔だったら天使のほうが近そうね。でも、ここは天国とはちょっと違う気がするわ」 「私のことは、しにがみとでも呼んでください。ひらがなで、しにがみです。ここは天国の門の一歩手前のようなところですよ。陽子さんは、自分が死んだ自覚がある割には随分と冷静ですね」 「そりゃあ、年が年だから毎日覚悟はしてたもの。友達と久々に会っても、あの人が死んだとかお墓の話とか、そんなのばかりだったし。私はいい死に方をしたほうよ」 「家で寝てるときに息を引き取る。朝、家族がそれに気づく。ええ、最高の亡くなり方ですよ。ぴんぴんころり、というやつですか?」 しにがみの発音するぴんぴんころりは、童謡のようにやわらかくてやさしい。旦那とも息子とも違う雰囲気を持ったこの男に対して、陽子は不思議と心地よさを覚えていた。 「今から陽子さんには、私が厳選した陽子さんの思い出をご覧になっていただきます。ただの走馬灯ではつまらないので、『人生の鍵となった三つの言葉』というテーマでまとめてみました。では、ごゆっくりどうぞ」 しにがみがうやうやしくお辞儀をしてから、陽子の横に立って空中を手のひらで示す。そこには大きなスクリーンが浮かび出ていた。 まるで映画館だわ。でも、花畑とスクリーンは少し不釣り合いね。 陽子は姿勢を正して、目の前の映像に見入る準備をする。
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