滴が落ち切る、その前に

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   もう少し、早く通り過ぎて、いたら。    もう少し、遅れて着いて、いたら。    どうだったんだろう、って、今思ってる。     カンカンと踏切の閉まる音が、私の耳元に入り込んで行く。 11月の終わり、住宅街を横切る小さな踏切の前に、私は学校の鞄を持ったまま、立ち止まっている。 夕暮れ時、もう辺りはかなり暗い、首元に吹き付ける風は結構冷たい。 私、朝倉茉優(あさくらまゆ)は、高2の秋の終わりに、何となくこの踏切の前に居た、横たわる猫の親子を前にして。 頬と、襟の、髪に、ポツリぽつりと、小さな雨粒が落ちて来る。 踏切から少し、外れた所に居る、ううん、居た猫の親子にも、雨粒はゆっくりと落ちて、その黒い毛皮に染みを着けていった。 猫たちの目は、開かない、ただ、踏切の信号機の明かりが、顔をチカチカと照らすだけ、そして、また黒く暗闇に沈んでいく。 何か動けなかった、わたし。 ただ、警報機の音が、耳の奥を刺激する、ひたすら痛く。 私が動けないでいると、上がった踏切の反対側に、一人のブレザー姿の男子がこっちを見ていた。 身長、180センチはあるのかな?身長150センチの私は、かなり目線を上にして、そのブレザー姿の男子を視線で追った。 ふっ、と私の視線の先に彼も気が付いた、黒い毛皮の親子連れに。 目が、あった、彼と、そして、目を逸らした、あっちが、先に。 地面は暗い、踏切より少し離れた所に居る親子の存在を、彼は足早に通り過ぎ、さっさと消し去ろうとするかの様に、道路の先に消えた。 「あ、、、そうだよ、ね、、、」 固くなった口を無理に開けながら、私は彼を視界から消した。 ここにアイドルが居る訳でも、お金が落ちてる訳でも、どんな夢でも叶う道具が落ちてる訳でもないし、居るのはメガネを掛けたヘルメット頭の女子と、一組の親子連れだった猫、だ。 (通らなければ良かったのかな、こっちの道) 私は、もっと固まってた。 段々雨の粒が大きくなって、親子の毛皮も少しづつ、宝石で彩られて遮断機の赤ランプで装飾されてきた、赤く、赤く、ずっと赤く。 もう少し、何かしてあげられないのかな、私は猫の親子の前でしゃがんでいた、看取ってあげられなくて、見ているだけしか出来なくて。 怖かった、どこか怯えていた、自分に。 差し伸べた手を、猫に跳ね除けられそうで。 ごめんて、どっちで使えば良いんだろうって、頭でグルグル回ってた。 自分に?この子たちに? ごめん、の一言が、喉の奥から出てこない。
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