若手会社員・佐藤秀太の場合

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若手会社員・佐藤秀太の場合

朝ごはんを食べながら、時計を見上げてぞっとする。 【2030年 4月19日(金) 8時30分】 もう着替えて家を出ていなきゃいけない時間だ。 「もう少し時間があると思ってたのに!」 急いでスーツに着替え、スマホを手に取り、「Time is Money」のアプリを開く。AIのボットが話しかけてくる。 「佐藤さん、おはようございます。今日も温かいですね。時間の巻き戻しですか?早送りですか?」 「巻き戻し、15分!」 「かしこまりました。」 【2030年 4月19日(金) 8時15分】 よし、これで間に合う。新しい部署の上司に怒られずに済むなら千円なんて安いものだ。ゆっくり駅に向かおう。 ◇◇◇◇◇ -Time is Money 本社- 「早川君、まだ入社して間もないと思うけど、うちのアプリが今どれくらい使われてるかは調べたことある?」 「はい、研修で教えていただきました。たしか利用者数は1,000万人をすでに超えたとか。」 ユーザーは平均で15分の巻き戻しや早送りを毎日利用するのだと、研修で習った。 「なんかうちのサービスで意味わかんないこととかあった?」 「朝の電車に乗り遅れてしまう、とか翌日の会社が嫌で寝る前にスマホをいじりながら「もう少しだけ」と時間を買ってしまう人の気持ちは分からないでもないです。でもやっぱり毎日千円も払い続ける人がいるというのは、少し理解できないというか。」 荻野さんは缶コーヒーを飲み干して自販機横のごみ箱に捨てる。ペットボトルのところに捨てていた。 「良い視点だねぇ。でも、実はあれ、しょうがないのよ。」 驚いた。荻野さんの説明によれば、実は時間の巻き戻しと早送りは裏でセットで設定されている。例えば朝の遅刻回避にこのアプリで巻き戻しをした人の時間は翌朝、同じ時間帯より少し前に逆に早送りをしているのだという。本人は翌日も時間がないと焦り、アプリを起動し、巻き戻しを購入し続ける。 「時は金なりだよ。早川君。わが社は時間を売ってお金をもらい、そしてお客さんがもう一度、わが社から時間を購入してくださるようにニーズを創出し続けている。これはビジネスの基本だから覚えておいて。」
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