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夕食が済むと、姉貴は玲を風呂に追い立てた。シャンプーの詰め替えを持ったおふくろが後を追う。残されたおれと姉貴は、テレビを尻目にコーヒーを飲んだ。
「玲も昔は『兄ちゃんと入る!』ってきかなかったよねえ」
「あいつと入ると、容赦なく引っ張ってくるから痛いんだよ」
「あはは、どこをさ!」
笑っていた姉貴は、ふいに真面目な顔になった。
「……大輝、あんたちょっと痩せた?」
「そう? あ、見たい番組あったら変えていいよ」
思わず早口になる。だが、姉貴はテレビに目もくれなかった。
「最近、大学はどうよ。忙しい?」
「んー、まあね」
「次は四年生だもんね。あんたのことだから、ちゃんとやってるとは思うけど」
「はあ、そりゃまあ」
「これから、就活も本格的に始まるんでしょ」
「んー……」
「いい会社が見つかるといいね。あんた、ロボット関連の仕事に就くのが夢だったもんね」
「……」
「……大輝?」
おれは残りのコーヒーを一気に飲むと、席を立った。姉貴が心配そうな目を向けているのは見なくてもわかる。
「課題残ってるから、部屋に戻るかな。玲に、おやすみって伝えといて」
そう言って、おれは自分の部屋に逃げ帰った。
もっとずっと小さいころ、玲の将来の夢は『バナナになること』だった。昔からユニークな奴だった。
一方おれは、小さいころからロボットエンジニアひと筋だった。工作が好きだし、理系科目が得意だったから。そうなるのが当然だと思っていた。多種多様なロボットを作り出す未来の自分を思い描き、中学、高校と過ごしてきた。
ところが大学に入り、おれは現実と夢の違いに気づいた。
現代日本の学生に、自分で手を動かして物を作るような機会はほとんどない。部材やドライバーの代わりに渡されたのは、データとCPUとストレージ、それに作業のほとんどを自動化してくれる支援AIだった。そいつらに支援されながら、与えられた課題をこなしていくだけの日々。正直、つまらなかった。
学生のうちは、そんな環境でも仕方ないと思っていた。だが、夏休みに企業のインターンシップに参加して、就職後も状況は変わらないのだと知った。そこそこ有名な企業で即戦力になれると言われたが、その業務内容はAIのお守りみたいなものだったのだ。効率を求める分、企業の方がなお悪かった。
かといって、大学院に進み基礎研究を究めるという覚悟も無い。もうすぐ始まる卒論の研究テーマを教授に言われるまま決めたときには、自分が何者かになれるという気持ちはどこかに消えていた。
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