二足歩行のトライアル&エラー

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 コード上のバグを全て修正し、プログラムを実行する。あとは一晩かけて処理の完了を待つばかりだ。  処理が順調に進むのを確認して、おれは肩を回しながら立ち上がった。振り返ると、床の上にミニロボが残されている。姉貴に何か言われたのか、玲が取りに来ることはなかった。  夕食前、おれたちはミニロボに反復横跳びをさせることに成功していた。  玲はミニロボを二足歩行させるだけでは満足しなかった。何かに成功するたび、「ねえ、もうちょっと! もうひと声! もう少しだけ!」とねだってきた。  そのわがままに付き合うのは楽しかった。可愛い甥っ子だからというだけではない。自分の試行錯誤に応えて、ミニロボが変わっていくのが面白かったのだ。やっていることは完全に魔改造だが、そこにはを作っているという実感があった。  ベッドに寝転がり、おれは端末でミニロボについて検索した。意外にも、個人でミニロボのプログラミングを楽しむファンは多かった。中には、自前のライブラリを公開している人もいる。  おれはそれらのREADME.md(リードミー)に目を通し、コードを解読した。さすがに二足歩行をさせようというもの好きはいないが、どれも読みごたえがある。画像処理や姿勢制御についての小ネタも面白く、玲のミニロボに流用できそうなアイデアが湧いてきた。  自分がやりたかったのは、こういうことなのかもしれない。ふと思った。  設定した課題に向き合い、ひたすら試行錯誤する。問題に取り組む過程を楽しみ、解決したときには達成感を味わう。  そういう生きがいみたいなものを、おれはなぜか大学で見つけられなかった。たぶん、就職先でも見つからないのだろう。  おれは机に戻った。時計を見ると、すでに日付が変わっている。肩が凝っているし、目の奥が痛い。それでも休もうという気にはならなかった。おれはPCを開き、ミニロボのコードを書き始めた。  もう少しだけ。もう少しだけ、この感覚を味わっていたいんだ。  ひと月後、再び実家を訪れた姉貴は会うなり文句を言った。 「ちょっと大輝! 玲のいたずらに手を貸すのはやめてよ!」  もちろんミニロボのことだった。先週末の保護者参観で、プログラミング授業の成果が披露されたのだ。他の子どもたちの四足歩行ロボットが一糸乱れぬマスゲームを繰り広げる横で、玲のミニロボは両手にポンポンを持ち、頭を支点に高速回転していたらしい。ポンポンの件は知らないが、ブレイクダンスについては心当たりしかない。
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