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怜央が指し示したのは、二人で買いに行ったサボテンだった。
白いひげに覆われたようなまるいサボテンは、かつてよりも少し大きく、頭に四輪のピンク色の花を咲かせていた。
「……サボテンって、花、咲くんだ」
そんな幼稚な感想がこぼれ出る。
しかし怜央はその感想が嬉しそうだった。
「そうなんだよ。大変だったぜ、ちゃんと育てないと咲かないらしくてさ」
「もしかして、これが初めて?」
「そう。四年かけて、やっと咲いた」
怜央は幼児に話しかけるときのように、しゃがんでサボテンの花を目の高さにもってきた。
「そう長くは咲かないみたいだから。晃が今日会いに来てくれてよかった」
僕も怜央に倣って隣にしゃがみ、膝を抱える。
しばらくそうしていた。
沈黙は、むしろ心地よかった。
光は柔らかく、サボテンと僕たちを照らした。
サボテンの頭に咲くピンクは、夏を迎えるタチアオイによく似ていた。
「……怜央が、このサボテンがいいって言ったんだったよな」
「うん」
「知ってて選んだの? こういう花が咲くこと」
「うん。そうだよ」
タチアオイのことに触れようとして、しかしやっぱり口を閉ざした。
サボテンの花弁にそっと触れ、そこにはとげがないことを確認する。
「……俺、その気持ちだけで幸せだな」
僕のその言葉の真意が伝わったのか、そうでないのかはわからないが、まるですべてを分かっているかのように、怜央は笑った。
僕にはまだ、わからないことがたくさんあった。
今までどうするべきだったのかも、これからどうすべきなのかも、果たしてそれらに答えがあるのかも、わからなかった。
自分の嫌いなところをあげればキリがなかったし、自分を恨む気持ちも、一生拭えないような気がした。
砂漠は続く。
しかしその砂漠は、僕が進むたびに昼と夜を繰り返し、昼の光は柔らかく、サボテンの花を咲かせ、砂漠に色を与える。
方位磁針も地図もなく、今は誰も自分の手を引いてくれる人はいないけれど、目を、耳を澄ましてみれば、誰かが同じように進もうとしている。
それの何が不毛なのだろうか。
内心で苦笑しながら、もがき苦しんだ日々を懐かしく思う。
「まだ昼だけど、一杯飲む?」
という怜央の言葉に頷いた僕は、間違いなく、心から笑えていた。
-fin-
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